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フジテレビ“日枝久氏”が土下座!? 放送中止の危機だった『サザエさん』のトラブルとは?

世界最長寿アニメ『サザエさん』ですが、実は過去に放送中止になりそうな事件がありました。フジテレビの実力者が「土下座」したという事件とはいったい何でしょうか?

「ぶるぶる引きつらせてね、ほんとうに怖かったな」

アニメ『サザエさん』キービジュアル (C)長谷川町子美術館
アニメ『サザエさん』キービジュアル (C)長谷川町子美術館

 国民的アニメ『サザエさん』は、1969年の放送開始から現在に至るまで、高い人気を誇るフジテレビの看板番組のひとつです。とりわけ1970年代から80年代にかけて40%近い視聴率を連発していた『サザエさん』は、人気番組が少なかった当時のフジテレビにとって極めて重要な番組でした。

 ところで一連のフジテレビ問題を通じて、フジテレビ取締役相談役、フジ・メディア・ホールディングス取締役相談役を務める日枝久氏の存在がクローズアップされています。日枝氏は1980年に編成局長に就任してフジテレビの全盛期を築き上げると、88年に社長に就任。その後、40年近くにわたってフジテレビに大きな影響力を及ぼし続けています。

 実は過去に日枝氏が『サザエさん』をめぐって「土下座」をしたことがあったそうです。いったいなぜ、そんな状況になったのでしょう?

 日枝氏が「土下座」をした相手は、『サザエさん』の原作者・長谷川町子先生の実姉であり、版権管理を一手に担っていた長谷川毬子氏です。非常に厳格な対応を行っていたことと、本人の激しやすい性格が相まって、関係者の間では邸宅のあった場所を取って“桜新町”と呼ばれて恐れられていました。

 かつてフジテレビで火曜日に放送されていた『まんが名作劇場 サザエさん』の担当を5年間務めた大橋義輝氏の著書『サザエさんのないしょ話』(データ・ハウス)に、日枝氏の土下座騒動について記されています。

『サザエさん』の制作会社「エイケン」がフジテレビの社長賞を受賞したパーティーで、日枝氏が編成局長だった頃の長谷川毬子氏との思い出話を大橋氏に語ったことがありました。

「あの“桜新町”(作者の実姉)は怒ると、顔が真っ青になってね。ぶるぶる引きつらせてね、ほんとうに怖かったな」

 フジテレビの全盛期を作り上げ、後にライブドアによる株買収騒動などの危機にも対応した日枝氏が、それほどまでに恐れたのが長谷川毬子氏だったのです。日枝氏はさらに、

「番組を引き上げるなんていうもんだから、それだけはご勘弁を、と土下座するしかないでしょう」

 と話しました。長谷川毬子氏の前で床に座り込み、何度も頭を垂れて土下座をしたのは事実のようです。

 前述のように、当時のフジテレビにとって『サザエさん』は絶対に失うことができない重要な番組でした。編成部長の日枝氏が事態を収拾したのは、ほかのアニメとは異なり、『サザエさん』は編成部が直轄していたためです。

 では、長谷川毬子氏が放送中止を持ち出すほど激怒した事件とは何だったのでしょうか? 実は本を読んでもはっきりとは分かりません。

 大橋氏の著書には、長谷川毬子氏に関するトラブルがふたつ記されています。

 ひとつは『まんが名作劇場 サザエさん』のために制作された水森亜土さんが歌唱した曲に対して、長谷川毬子氏が「水森の声が“サザエ”のイメージに合わない」と激怒した件です。このときは「エイケン」の社長に対して桜新町への出入り禁止処分が言い渡されました。

 もうひとつは、『サザエさん』の事実上の総監督とも言われた宣弘社の松本美樹プロデューサーの失言です。長谷川町子、長谷川毬子両氏から絶大な信頼を得ていた松本氏ですが、あるとき長谷川毬子氏の前で「本が売れているのは、テレビ番組のおかげだ」というニュアンスの言葉を発し、激怒させてしまいます。それ以降、松本氏は桜新町を出入り禁止になり、1985年、宣弘社が製作から撤退したタイミングで松本氏も降板します。

 日枝氏がどの件で「土下座」を行ったのか分かりませんが、水森亜土さんの曲が使用されたのが70年代であり、日枝氏が編成局長に就任したのが80年だったことを考えると、後者である可能性が高いと考えられます。日枝氏には非のないトラブルですが、こうして難局を乗り越える危機対応能力が評価されて出世し、その後も絶大な影響力を持ち続けることができたのでしょう。

(大山くまお)

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