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【地上波初放送】新海誠監督『天気の子』に込められた、アニメ界の歴史を覆す決断とは

世界の形を変えてしまう、帆高の決断

『天気の子』は、見慣れた風景が美しく感じられる背景美術も大きな特徴。画像は映画公開の2019年に開催された「天気の子」展で展示された背景美術
『天気の子』は、見慣れた風景が美しく感じられる背景美術も大きな特徴。画像は映画公開の2019年に開催された「天気の子」展で展示された背景美術

 陽菜が雲に覆われた空に向かって祈りを捧げると、厚い雲の切れ間から太陽の光が差し込んみ、美しい東京の景観が広がります。東京はこんなにも美しい街だったんだ、という驚きがあります。風景の美しさと主人公たちの心情がシンクロするように描かれています。

 ところが、物語は後半から悲劇的な色合いを強めていきます。天候を変える力を持つ陽菜は、その力を使うことで少しずつ身体に変化が起きていました。哀しい別れの予感が漂います。誰よりも大切な存在となっていた陽菜を、帆高は失いたくありません。天候は荒れる一方です。自分ひとりが犠牲を払うことで世界を救おうとする陽菜を、帆高は懸命に守り抜こうとします。

 帆高の決断は、世界の形を大きく変えてしまうことになるのです。すべてが多数決で決まる世界なら、帆高の行動は許されないものでした。

アニメ界の「負の歴史」に逆らった新海監督

 日本のアニメ作品や特撮ドラマでは、たびたび「自己犠牲」が物語のフィナーレを飾ってきました。日本初のTVアニメシリーズ『鉄腕アトム』(フジテレビ系)の最終回は、人工知能を持つ高性能ロボットのアトムが太陽に向かって消えていくという悲劇的なエンディングでした。一大アニメブームを巻き起こした劇場アニメ『さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち』(1978年)は、主人公・古代進が敵の巨大戦艦に特攻を仕掛けます。地球を守るための古代の決断は、観客の涙を誘いました。

 宮崎駿監督の劇場アニメ『風の谷のナウシカ』(1984年)でも、主人公のナウシカが王蟲の群れの前に身を投げ出すシーンがクライマックスとなっています。自己犠牲の精神は、とても尊いものです。しかし、アニメ作品のなかには、悲劇性を伴う自己犠牲を視聴者や観客を感動させるためのツールとして使った作品が少なくありません。主人公が自己犠牲を払うことで、物語を美しく終わらせることができたのです。

 新海監督は『天気の子』で、そんなアニメ界の負の歴史に逆らってみせました。そのために物語は、とてもいびつな形で終わりを迎えます。物語を美しく終わらせるのではなく、いびつな未来を新海監督は主人公たちに選択させています。

 主人公たちの判断は、世間の常識に逆らったものかもしれません。でも、常識は時代の変化とともに変わるものです。これまでの常識が通用しない新しい時代を、私たちが生きている現実の世界も迎えつつあります。『天気の子』は、そんな新年にふさわしい作品だと言えるのではないでしょうか。

(長野辰次)

(C)2019「天気の子」製作委員会

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