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『プロレススーパースター列伝』なつかしのB・I砲編で描かれた猪木の生きざまと真実

創作・脚色を交えつつ、しっかり描かれた「真実」とは?

『プロレススーパースター列伝』、「なつかしのB・I砲」編を収録した、Kindle版第7巻(グループ・ゼロ)。表紙はジャイアント馬場
『プロレススーパースター列伝』、「なつかしのB・I砲」編を収録した、Kindle版第7巻(グループ・ゼロ)。表紙はジャイアント馬場

 そして重ね重ね言いますが、内容はあくまでも「猪木偏重の目線」。修行時代はヒンズースクワット中に力道山から木刀で殴られるのも猪木だけですし、チャンコ番の給仕もひとりでやらされる有様です。劇中の猪木の言葉を借りれば「なんで馬場さんだけが……」と感じる差別待遇を常に受けるのですが、さまざまな面で優遇されたジャイアント馬場と、あくまでもハングリーなアントニオ猪木……という図式が物語の一貫した構図となっています。

 それゆえに「くやしかったら強くなること!」や「日本プロレスの温室ぐらしより新団体での冒険のほうがおれの性にあっている!」などの「猪木語録」が心に染みるのですが、そこは「梶原ファンタジー」。すべてが本当かというと、どうやらマユツバな部分も多いようです。

 特に、猪木のアメリカ修行時代、プロボクサーのアーチ・ムーアと異種格闘技戦を行ったのは本当は馬場だった、という説を後日、聞いた時のショックは、まさに筆舌に尽くしがたいものでした。また一連の「アントニオ猪木談」も、ほとんどが創作だったということを知った時は、劇中の猪木のごとく「せ…先生ッ なんたる無茶を!」と梶原一騎氏に対して個人的に感じてしまった次第です。

 しかし、この「梶原一騎の脚色」があったからこそ、「列伝」は我々に夢を与え、心を熱くしたのも事実です。今にして思えばジャイアント馬場の「王道」とアントニオ猪木の「闘魂」、それぞれにはそれぞれの良さがあり、生き様と哲学、男の美学の違いであることも理解できます。物語の最後にあった「馬場がいたから猪木がある! 猪木がいたから馬場がある!」という言葉こそが、まぎれもない真実なのではないでしょうか。

 また、彼らのような真のスーパースターがいたからこそ、現在のプロレスの世界があります。その点に敬意を抱きつつ『プロレススーパースター列伝』、「なつかしのB・I砲! G馬場とA猪木」編を今の時代に読むのも一興ではないでしょうか?

(渡辺まこと)

【画像】事実かどうかは問題でない? 梶原一騎氏が綴った馬場・猪木の物語たち(6枚)

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