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「児童相談所が悪役なのおかしくない?」『おおかみこどもの雨と雪』にあった批判、細田監督にはどんな意図があったのか

細田守監督作品の「児童福祉」の描写は、なぜ批判されるのでしょうか。「金曜ロードショー」で放送された『おおかみこどもの雨と雪』をもとに、解説します。

『竜とそばかすの姫』でさらに強まった?

映画『おおかみこどもの雨と雪』場面写真 (C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会
映画『おおかみこどもの雨と雪』場面写真 (C)2012「おおかみこどもの雨と雪」製作委員会

 2025年11月5日の金曜ロードショーでは、『おおかみこどもの雨と雪』が放送されました。本作は人間とおおかみ男の間に生まれた「おおかみこども」の姉弟を、ひとりで育て上げていく女性「花」の13年間の物語を描いています。本作のアニメーション表現には称賛の声が多い一方、花の「母親像」を中心に激しい賛否両論も巻き起こっていました。

 賛否のポイントはたくさんありますが、ここではよく話題になる「児童相談所の職員がやってくるシーン」と「クライマックスの選択」への批判について記します。これらの場面には、その後の細田守監督作品でも見られる、「ファンタジーと現実の問題をからめたことによる違和感」が集約されていると思うのです。

※以下、『おおかみこどもの雨と雪』のラストを含むネタバレ、また『竜とそばかすの姫』の展開について触れています。

●「児童相談所の職員が悪役に見えてしまう」問題

 劇中で児童相談所の職員たちが自宅訪問をしてきたのは、雨と雪が生まれてから一度も定期検診と予防接種を受けていなかったからです。劇中で言及されているように、花が虐待やネグレクトを疑われてもしかたないでしょう。

 もちろん、そこには「雨と雪が狼に変身してしまう子供だとバレたら大変なことになる」という理由があるのですが、客観的に見れば母親としての義務を果たさない花のほうが間違っているはずです。

 ただ、この場面の職員たちは「お顔だけ、ちょっと見せてもらえませんか」「おっしゃることが本当かどうか確認するだけですから」などと「譲歩」する言い方をしてはいるものの、無理やり押しかけているようにも見える描かれ方をしていました。そのため、公開当時から「児童相談所が母を追い詰める悪役のように描かれているのはおかしい」「善意でやってきたはずの児童相談所を敵視している」といった批判があったのです。

●細田監督が取材で知ったこととは

 細田監督は雑誌「ダ・ヴィンチ」2018年8月号のインタビューで、『おおかみこどもの雨と雪』を作る際に、シングルマザーの家庭の現実を知るため、社会福祉事務所や児童相談所へ取材に行ったことを振り返っています。

 細田監督はその取材で母子家庭の子供たちの多くが、平均以下の生活水準で暮らしていることを知り、「家族を題材にした映画を作っていたからこそ、現実に少しだけ早く気付くことができた」「そういった気付きを積み重ねていった先に、今回の作品があると思います」と語っていました。

●花が憔悴していく生々しい描写

 上記の取材の成果は、アパートの狭い部屋で子供ふたりを悪戦苦闘しながら育てるなかではっきりと憔悴していく、花の生々しい生活描写にも反映されていると思われます。

 公園で母親たちの輪に入れなかったり、雨の夜泣きで隣人からクレームが来て謝ったりしている花のもとに、児童相談所の職員が来た前述の場面では、郵便受けにたくさんの督促状と思しき封筒や手紙があふれかえっていました。

 問題視された場面も、精神的にギリギリまで追い詰められていた花が、真っ当な理由で訪問してきたはずの児童相談所の職員のことも退けてしまっただけで、職員たちが悪役として描かれているわけではない、という読み取り方もできるでしょう。

●ラストが育児放棄と批判された理由

 細田監督は現実の福祉や児童相談所をないがしろにしているわけではなく、むしろしっかりと取材をして、現実的な描写を取り入れています。

 にも関わらず、細田監督作品に拒否反応を抱いてしまう人が一定数いるのは、そういった生々しい描写を入れながらも、物語の過程はもちろん「結末」でも、「現実的ではない方法で問題を解決しているように見える」からではないでしょうか。

 花は結局、都会での暮らしや児童相談所から逃げるかのように、田舎での暮らしを選択しています。そして、クライマックスでは雨が台風の最中に外に出て、山に帰ることにしました。花は最終的にそれを受け入れ、山で吠えている雨に対して「元気で、しっかり生きて!」と言うのです。

 ここでも、現実的な観点から「育児放棄のように見える」といった批判をされていたのですが、筆者個人としては、花が雨というおおかみこどもの選択を肯定する、完全なファンタジーとして納得はできました。

●『竜とそばかすの姫』で顕在化した問題

 その後、細田監督作の「ファンタジー要素と現実の問題がうまくかみ合っていない」問題点について、特に批判が出たのは、2021年の『竜とそばかすの姫』の終盤の展開です。

 詳細なストーリーの言及はここでは避けておきますが、同作では現実の児童相談所が過去の虐待死を防げなかったために設けた「児童虐待を疑う通告があってから48時間以内に安否確認をする」というルールが、劇中ではまるで「子供をすぐに保護できない不完全な決まりごと」であるかのように描かれていました。

 それ以上に問題なのは、『竜とそばかすの姫』での大人たちの行動が、子供たちを守る存在としてあまりにも無責任に見えることです。ここは細田監督が単独で手がけた脚本そのものを、ブラッシュアップする余地があったと思います。

 今後、2025年11月21日に公開される細田監督最新作『果てしなきスカーレット』は、復讐にとらわれて死者の国をさまよう王女のもとに、現代日本から看護師の青年がやってくるという設定であり、メインの舞台はこれまでの現実社会ではない「異世界」です。

 最新作でもファンタジーと現実の問題をからめたことによる批判が生まれてしまうのか、それとも解消されているのか……見てみるまでは分かりませんが、これまでのような賛否が起こらないことを期待しています。

(ヒナタカ)

【画像】あ、「成長」したらこんな感じなんだ コチラが『おおかみこどもの雨と雪』の「美少女&美少年」になった雨と雪です

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ヒナタカ

映画ライター。WEB媒体「All About ニュース」「ねとらぼ」「女子SPA!」「NiEW(ニュー)」、紙媒体「月刊総務」などで記事を執筆中。オールタイムベスト映画は『アイの歌声を聴かせて』。

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