「マンガなんかで」投げられた批判…後ろめたさ。それでも“狂気の戦場”戦後世代が伝え続ける理由
フィクションだから語れる真実とは
申し訳ないと思いつつも、ちばさんも武田さんもなぜ戦争を描き続けたのでしょうか。
ちばさんは「悲惨な戦争に出征された人たちがどんな気持ちだったのかを、なんとか伝えたい」という思いで連載を続けていたと言います。
一方、武田さんは「創作は後ろめたいけれど、フィクションではないと描けない真実もあるから」と語ります。
その気づきを与えたのは、『ペリリュー』の監修担当である、戦史研究家の平塚柾緒さんの言葉でした。
平塚さんはノンフィクション作家として数多くの著作を発表されています。ですが、聞き取り調査のなかで得られたことをありのまま書いてしまうと、証言者の名誉を傷つけてしまったり、その後の人生に悪影響を与えたりしてしまう危険性もあります。
「事実だからといって、全てを書けるわけではない。でも、マンガというフィクションだからこそ語れる真実もありますよ」
そんな平塚さんの言葉に、武田さんは示唆されたというのです。
あえて創作も交えてフィクションで語る試みは、遺族の人にも届いたと武田さんは言います。
「祖父がどんな戦争体験をしたのかちゃんと聞いたことはなかったので、このマンガでようやく理解できました……という内容のお手紙を遺族の方からいただきました。体験者のなかには、家族だからこそ言えないような体験をしてきた人もいるんです」
物語の終盤、戦後70年以上が経ち、老年を迎えた田丸がそっとこう言います。
「自分が人を殺したということ。それを自分の子供に伝えるのは、とても恐ろしいことだよ」
戦争体験は戦時中だけのものではなく、戦後も人びとの心のなかに傷として残り続けています。
戦争体験者にとって「戦後」はない
マンガは戦争を伝える有効な手段になる――。
この作品を受けてそう実感する青年がいました。沖縄国際大学大学院2年生の石川勇人さん(23)です。
石川さんは2021年8月に沖縄県宜野湾市主催の平和学習イベントで武田さんと対談したこともあり、ワークショップなどを通じて戦争の記憶を継承する活動を行っています。
「『戦争体験者から戦時中の話を聞けば、戦争のことを伝えられるんでしょ』と思われがちですが、そう簡単なものではありません」
石川さんは本土からの修学旅行生や、地元の子供達に沖縄戦の様子を伝えようとした時に、単純に戦闘の様子を話すだけではなかなか興味を持ってもらえませんでした。しかし、当時のお風呂や遊びといった生活に身近な話題を入り口としたり、絵や写真を使って説明したりすることで関心を持ってもらえるようになりました。戦争を知らない世代に、戦争を伝えることに工夫が必要だということを強く実感したと言います。
そして石川さん自身も、武田さんとちばさんと同じく「戦争体験」を伝えようとして「後ろめたさ」を感じたことがありました。沖縄戦の体験者への聞き取り調査で体験者にPTSDを引き起こさせてしまったのです。
「戦争を伝えることは、体験者を『傷つける』可能性も伴います」
そこから地道な活動で体験者と絆を結んでいった石川さんは、PTSDを引き起こしてしまった人からも伝承を託されます。戦争の事実とどう向き合うか、今も学び続けています。
「ある体験者の方から『戦後も傷を抱えてずっと生きてきたということは、私たちにとっては戦争が続いてるということなんだ』と怒られたこともあります。体験者にとって戦争は今もまだ続いているんです」
なぜ、戦争と向き合い続けるのか
石川さんのお話からは、「戦争体験を受け継ぐ」という行為には体験者自身を苦しめてしまう可能性があること、武田さん、ちばさんのお話からは、「戦争をマンガで描く」ことには後ろめたさがついて回る……ということが語られています。
それでも「伝えること」をやめない彼らの言葉には、誰にとってもつらい「戦争の記憶」とこれからも向き合い続ける覚悟が感じられます。
今年で「戦後」77年。戦争を知らない世代が大半となった今、これからの世代は戦争について自ら考える姿勢が重要だと、ふたりの作家は考えています。
武田さんは「若い人に興味を持ってもらうのは難しいことですが、このマンガは入り口としてはいいんじゃないかと思います。『ペリリュー』は、戦争についてこうだと決めつける描き方は一切していないつもりです。その代わり、考えるきっかけとなる要素はいくつも入っていると思うので、普段考えないことを考えてくれると嬉しいです」
戦争経験世代のちばさんは「今も戦争について学び考え続けています。そうしないと、いつのまにか戦争の渦に呑まれる危機に、気づかない人間になってしまう」と危機感を口にします。
終戦から77年。ちばさん、武田さん、石川さんと異なる世代の3人は、それぞれに戦争に向き合い考え続けています。あなたは戦争についてどう考えますか?
※本記事は、マグミクスによるLINE NEWS向け特別企画です。
(杉本穂高)