「どんな陵辱にだって耐えられた」 『エヴァ』ゲンドウの愛人、“全裸尋問”…赤木リツコの苦難な生き様
『新世紀エヴァンゲリオン』序盤では冷静沈着な科学者に見えたリツコですが、物語の進行とともに母親との複雑な関係性と、それに引きずられる葛藤が明らかになります。彼女の生々しい人間性こそが、『エヴァンゲリオン』の隠れた魅力のひとつでもあります。
母親と同じ道をたどった?

庵野秀明監督作品『新世紀エヴァンゲリオン』(以下エヴァ)は、人類の存亡を巡る壮大なスケールのSFであると同時に、ミニマムで等身大の親子関係のドラマを描く作品でもありました。
主人公の「碇シンジ」をはじめとした14歳の少年少女とその親に対する葛藤が物語の中心でしたが、親とのこじれた関係をひきずっていたのは、子供たちだけでなく、大人たちも同様でした。
理知的でクールな大人に見えた「赤木リツコ」も例外ではありません。子供っぽい部分を持つ「葛城ミサト」とは対照的で、大人のしっかり者の女性キャラクターとして序盤は描かれていましたが、彼女もまた母親との複雑な関係を抱えた存在です。
そんなリツコのあり方は、母のようには生きたくないのに、引きずられてしまうという生々しい人間の姿が体現されており、『エヴァ』という作品の魅力の一端を担っていたようにも思えます。
しかし、なぜリツコは母を憎みながらも同じ道を歩むことになったのでしょうか。
※本稿では、「TVシリーズ」「旧劇場版」における赤木リツコについて考察します。
●リツコと3つの母の人格
リツコは、『新世紀エヴァンゲリオン』物語の序盤では、理性的で合理性を重んじるタイプのキャラクターとして描かれます。直感的で大胆な発想をするミサトに対して、作戦立案の際にも計算を重んじ理論立てて提案をするのが印象的で、時に冷たい印象を与えることもありますが、ミサトにはない冷静さが頼もしくあり、子供の目にも立派な大人に見えます。
そんなリツコを中心としたエピソードがあります。第拾参話「使徒、侵入」です。この時、敵である使徒は、コンピューターウイルスのような形態を取っており、NERV本部のシステムを司るスーパーコンピューター「MAGI」を侵食していきます。
これまでとは異なる形態の使徒に対して、ミサトはMAGIシステムの破棄を提唱しますが、リツコはこれを拒否、技術部の力で使徒を撃退すべくMAGIシステムの中枢に入り、これを殲滅することに成功します。
このエピソードでMAGIというコンピューターはリツコの母「赤木ナオコ」の人格が移植されていることが明らかになります。MAGIは3体のコンピューターシステムで成り立っており、それぞれがナオコの科学者としての人格、母としての人格、そして女としての人格が反映されているとリツコは語ります。
システムに侵入した使徒は、科学者と母としてのナオコを司る「メルキオール」と「バルタザール」を侵食しますが、最後の女としての部分が反映された「カスパー」は侵食しきれず、リツコの尽力もあって食い止めることに成功。このことで、リツコは「最後まで女でいることを守ったのね、ほんと、母さんらしいわ」とつぶやくのです。
また、このエピソードでリツコの母親に対する複雑な感情が吐露されます。「科学者としては尊敬していた、女としては憎んでさえいる、母親としては分からない」と引き裂かれた想いを抱いているのです。
こうした、引き裂かれた想いが、リツコの人生を決定付けてしまい、彼女自身の人生をも引き裂いたように思えてなりません。