『スラムダンク』安西先生に宿り続ける「鬼」とは? 歳を重ねた指導者としての柔軟さ
「白髪仏」になった安西先生が身につけたテクニックとは?

筆者が安西先生の何に注目したかというと、あの年齢になっても指導法を柔軟に変えることができたことです。
前述した白髪鬼時代はスパルタ教育で、谷沢から「ヤクザ」と陰口を言われていた安西先生でしたが、湘北では白髪仏と言われるくらい好々爺のイメージになりました。しかし、桜木に個別合宿で2万本のシュート練習という課題を与えるなど、イメージがソフトになっただけで指導法はスパルタだと言えます。
練習方法は変えず、相手のやる気を誘う方法。それこそが、安西先生が過去の反省から学んで手に入れた「コミュニケーション力」でした。
振り返れば谷沢との一件も、安西先生がもう少し言葉で説明すれば大事には至らなかった可能性があります。つまり谷沢の悲劇が、安西先生にコミュニケーション不足を痛感させ、自分のこれまでの考え方を改めさせたのではないでしょうか。
このコミュニケーション力は、その後の展開でも様々な影響を与えていますが、一番大きかったのはインターハイ2回戦で王者である山王との試合直前に、湘北選手個別に奮起を促す言葉をかけていたことだと思います。選手をベストのテンションまで持っていく。簡単そうでむずかしいこのことを行ったからこそ、山王戦でベスト以上の結果が出たのではないでしょうか。
そして、鬼でなくなったわけではないということは、山王との試合中にもわかります。ベンチに下げた桜木が悪態をついて言うことを聞かなかった時……
「聞こえんのか?」
……というセリフと同時に髪の毛が一瞬逆立ってます。この時、湘北ベンチは一瞬凍り付き、あの桜木も素直に言うことを聞いていました。もちろん、すぐに仏の安西先生へ戻っています。
このことからも、安西先生は何も心を入れ替えて聖人になったわけでなく、状況に応じて自分がどうしたらもっとも効果的かということを理解した、つまりコミュニケーション力を効果的に使用していることがわかります。だからこそ、湘北の選手たちもやる気が維持できるというわけです。
安西先生に名台詞が多いのは、このコミュニケーション力のおかげかもしれません。
「あきらめたらそこで試合終了」
三井と桜木に対して言った安西先生の名台詞のひとつですが、これは悟りきった聖人としてではなく、勝利に対するあくなき執念を吐露したようにも思えます。試合中に時折見せるガッツポーズなどを見ると、「老いてなお盛ん」な安西先生の姿が見て取れませんか?
年々、歳を重ねることで選手よりも監督たちの年齢に近づいておりますが、どうせ爺になるなら安西先生のように仏の顔で心にひとかけらの鬼を宿した好々爺になりたいと思うものです。
(加々美利治)