“皆殺し”でなかった富野監督『ザブングル』の演出。「はっはっは、アニメだからね!」
TVシリーズとは異なるサプライズ演出も

劇場公開された『ザブングルグラフティ』は、高橋良輔監督の『ドキュメント 太陽の牙ダグラム』(1983年)と同時併映だったことから、上映時間はわずか84分でした。
全50話あるストーリーを84分にまとめるのは、富野監督の手腕でもさすがに無理。それゆえに『ザブングルグラフティ』は、TVシリーズの名場面・珍場面を中心にした構成となっています。高校野球延長のために関西ではオンエアされなかった第27話の登場キャラクターに、「幻のトロン・ミラン(関西地区で…)」とテロップでツッコミを入れるなど、富野監督が開き直って編集作業を楽しんでいる様子が伝わってきます。
また、劇場版のラストシーンは、TVシリーズの最終回にはなかったサプライズ演出も用意されていました。「皆殺しの富野」とは異なる明るい顔を、富野監督は『ザブングルグラフティ』では見せています。
過酷な世界で陽気に生きる主人公
富野監督は1941年生まれ、4歳の時に終戦を迎えました。学生運動が盛んだった1960年代に日大芸術学部を卒業し、黎明期にあったTVアニメ界でサバイバルしてきました。アニメーターではなく演出家である富野監督は、スピード勝負でコンテを切り続け、野心的なアニメ作品を残していくことになります。毎週毎週締め切りに追われるTVアニメ界にありながら、第一線で活躍し続けるのは並大抵の苦労ではなかったはずです。
ジロン・アモスが生きている世界は、『ガンダム』や『イデオン』など他の富野作品と同様に、ハードな闘いの連続です。それでもジロンは、陽気な主人公として物語を牽引していきました。「道はどんなに険しくとも、笑いながら歩こうぜ」とはプロレスラー・アントニオ猪木さんの格言ですが、ジロンにもそんな言葉が似合います。
ジロンが生きている惑星ゾラは、タフさが求められる世界です。誰が敵になり、味方になるかも分かりません。それでも愛する女性、信頼できる仲間たちに囲まれたジロンは、最高に幸せなアニメヒーローだったのではないでしょうか。強さと優しさを併せ持ったジロンたちによって、乾いた大地は潤いを感じさせるものへと変わっていきます。
「はっはっは、アニメだからね!」などの楽屋オチギャグも含めて、やりたい放題感のある『ザブングル』は、同時に底抜けな明るさ、キャラクターたちの生命力も感じさせます。とても愛すべき、富野由悠季監督作となっています。
(長野辰次)