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「無限列車」が駆け抜ける『劇場版 鬼滅の刃』 大正時代、実在した鉄道の姿は?

運賃は現代の新幹線より高額! 美味しい駅弁が生まれる背景も

1917年(大正6年)に製造された1等車の車内。当時の1等車や2等車は現代の通勤電車と同じロングシートだった(『日本国有鉄道百年写真史』より引用)
1917年(大正6年)に製造された1等車の車内。当時の1等車や2等車は現代の通勤電車と同じロングシートだった(『日本国有鉄道百年写真史』より引用)

 3等車での長旅は、東京~下関間なら24時間以上も狭苦しいボックス席に座る必要があり、しかも当時は暖房こそあったものの冷房はなく、季節によっては相当つらく不快な旅路だったことでしょう。

 その一方で運賃と料金は高額でした。『汽車時間表』1925年4月号によると、急行列車・3等車は東京~大阪間で合計7円9銭。当時の大卒初任金(50円)を基準に現在の貨幣価値に換算すると、3万円弱といったところでしょうか。

 現在の東京~大阪間なら、東海道新幹線「のぞみ」普通車自由席で1万3870円。わずか2時間半で東京と大阪を結び、エアコンとリクライニングシートを備えた新幹線より、半日がかりで走る不快な大正時代の急行列車のほうが、圧倒的に高かったのです。

 さらに特急列車や1等車、寝台車となると、べらぼうなほど高くなります。特急列車の1等寝台車で東京~大阪間を移動すると、最大で31円65銭。現在の貨幣価値なら約13万円です。一部の富裕層しか利用できない価格設定で、当時の経済格差が大きかったことを物語っています。

 ちなみに、この時代の1等車と2等車の座席は、腰掛けが車体の長手方向に伸びていて、窓を背にして座るタイプが中心でした。現代の通勤電車と同じロングシートです。3等車より高額なのにどうしてと思いたくなりますが、立って乗る人がいなければロングシートのほうが足元に広い空間ができ、ボックス席より快適だったのでしょう。

 ところで、「無限列車」の車内では、「炎柱」こと煉獄杏寿郎が駅弁らしきものを「うまい! うまい!」と唱えながら食べているシーンがあります。駅弁の起源は諸説ありますが、遅くとも1885年(明治18年)に最初の駅売弁当が誕生しました。

 日本醸造協会の『日本釀造協會雜誌』第70巻1号(1980年)によると、大正時代の国鉄は駅弁の品質向上に取り組んでいました。「気がついた点があったら列車内若しくは駅の鉄道係員に申し出て下さい」という文言を駅弁に貼り付けて旅客が投書できるようにし、駅弁販売業者を厳しく取り締まりました。また、おもな駅では飯の分量や味、衛生面のチェックを行い、点数を付けたといいます。

 煉獄杏寿郎が「うまい! うまい!」と唱えたのも、国鉄による品質向上の取り組みの成果といえるかもしれませんね。

(草町義和・鉄道プレスネット記者)

【画像】JR九州が本気コラボ! SL「無限列車」運行、「煉獄さんの駅弁」に『鬼滅』仕様の新幹線も(11枚)

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