128KBで大容量だった!懐かしのゲーム機専用記憶装置の思い出
ターボファイルやメモリーカード、パワーメモリーにビジュアルメモリ……往年のゲーム機では、さまざまな専用外部記憶媒体がリリースされてきました。大切なデータをしっかり保存しておけるのは大きな喜びですが、品薄や接触不良によるデータ消失など、時にはちょっと悲しいドラマも。筆者のそんなメモリーを紹介します。
昔はゲーム機専用だった「外部記憶媒体」たち

ニンテンドースイッチであればMicroSDカード、PlayStation 5やXbox Series X|Sであれば外付けSSDなど、今日におけるゲーム機で用いられる外部ストレージは、PCをはじめとするその他の電子機器でも用いられるものと共通のものが採用されています。
しかし、かつてのゲーム機ではその機器でしか使用できない専用の記憶媒体が数多くリリースされてきました。さまざまなゲーム機専用記憶媒体を軸に、ゲーム機の歴史の一端を振り返ってみましょう。
●ターボファイル
1986年にアスキーから発売された、ファミコン用の記憶媒体です。対応ソフトの数は多くはなく、同社から発売されたタイトルを含む20本程度のみとなっています。
当時の筆者から見た一番の魅力は「『ウィザードリィ』で作成したキャラを別のシナリオ(『ウィザードリィII』や『ウィザードリィIII』)でも使用できる」というものでしたが、当時は小学生だったため手が届かず、指をくわえて見ているのみで終わってしまいました。後年、記憶容量を増やした「ターボファイルII」や、スーパーファミコン用の新モデル「ターボファイル ツイン」などがリリースされています。
●天の声2~天の声BANK
1989年にハドソンから発売された、PCエンジン用の記憶媒体です。名称は同社がリリースした人気RPG『桃太郎伝説』におけるパスワードの名称が「天の声」であったことにちなんでいます。
筆者は1991年に発売されたカードタイプの後続モデル「天の声BANK」の購入に乗り出しましたが、これがどこに行っても品切れ、品切れで入手に苦労したのを覚えています。
●メモリーカード
1994年にSCE(現・SIE)から発売された、初代PlayStation用のカード型フラッシュメモリです。上記「天の声BANK」にも言えますが、当時のゲームソフトはカートリッジからCD-ROMへと移行する過渡期で、さらにゲーム機本体に保存メモリーがないものも多かったため、こうした記憶媒体が一気に日常的なものになりました。容量は1MBit(128KByte)です。前述した通りフラッシュメモリであるため、電池切れによるデータ消失とは無縁になりました。
1枚につき最大15ブロックまで記録できますが、各ゲームのセーブデータが何ブロック使用するかはタイトルによってまちまちであったため、1ブロックで済むリーズナブルなタイトルがある一方で、『A列車で行こう』や『信長の野望』シリーズ、『ときめきメモリアル2』など、1タイトルで15ブロックをすべて使用してしまう作品もありました。シミュレーションゲームにその傾向が強かったように思えます。筆者も何枚購入したか覚えていません……。
本商品に前後して、ネオジオやニンテンドーゲームキューブ、携帯ゲーム機のPlayStation Vitaなどでも専用の「メモリーカード」がリリースされました。