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なぜ「雪風」は生き残れた? 戦艦大和の沈没を見届けた「元乗員」が語った、クルーの判断力

戦場での生死を分けた「上官の判断力」

映画『雪風 YUKIKAZE』で、海に投げ出された仲間を救出する雪風の乗員たち
映画『雪風 YUKIKAZE』で、海に投げ出された仲間を救出する雪風の乗員たち

 映画『雪風YUKIKAZE』のエンドロールに参考文献のひとつとして、『「雪風」に乗った少年』(藤原書店)がクレジットされています。著者の西崎信夫さんは15歳で志願入隊し、「海軍特別年少兵」として「雪風」に配属され、多くの海戦を体験したことが詳しく語られています。

 西崎さんによると、「雪風」は太平洋戦争が始まる前に造られたことで完成度が高く、また乗組員たちの訓練が行き届き、艦全体のコミュニケーションも円滑だったそうです。手練れの乗組員たちが多く、大戦末期に就任した寺内正道艦長は判断力にすぐれ、敵の攻撃を巧みな操舵術でかわしてみせたそうです。

 性能のよさ、運のよさだけでなく、クルーのレベルが高く、優秀な上官がいたことで、「雪風」はたびたびの危機を乗り越えることができたのです。「大和」には泳ぐこともできない海に不慣れな新兵が多かったのとは、対照的でした。

 数多くの戦場をくぐり抜けた西崎さんだけに、現場のことを知らずに無謀な作戦を命令するエリート士官には怒りを覚えたことも書かれています。

 不沈艦と呼ばれた「大和」ですが、沖縄への海上特攻は護衛機がまったく用意されないという無謀を極めた作戦でした。米軍の戦闘機の集中攻撃を浴び、「大和」が撃沈される様子を「雪風」は見届けています。「雪風」がいなければ、「大和」の300人近い生存者は本土に帰還することは叶わなかったでしょう。

復員兵のなかには、戦記もので有名なマンガ家も

 終戦後も「雪風」はますます活躍しました。武装解除された「雪風」は、今度は中国大陸や南方に残された復員兵や引揚げ者たちの輸送船としての役割を果たしたのです。

 復員兵のひとりには、後に漫画家となる水木しげる氏もいました。「雪風」が無事に日本まで送り届けたことで、水木しげる氏は『ゲゲゲの鬼太郎』をはじめとするヒット作を生み出し、戦場での体験をもとにした『総員玉砕せよ!』などの戦記マンガを執筆することになります。「雪風」の活躍がなければ、マンガ界&アニメ界の歴史は今とは違ったものになっていたかもしれません。

 多くの人命が簡単に奪われた第二次世界大戦ですが、先述の西崎さんは「死んではならない、必ず生きて帰ってこい」という母親との約束を懸命に守り続けました。2021年に94歳で西崎さんは亡くなりましたが、西新宿にある「平和祈念展示資料館」で長年にわたって戦争の悲惨さを伝える語り部を務めたことでも知られています。

 戦争を起こさないことこそが、いちばんの「幸運」につながるのではないでしょうか。

※映画『雪風 YUKIKAZE』は、2025年8月15日(金)より全国公開。 (C)2025 Yukikaze Partners.

脚本/長谷川康夫、飯田健三郎 監督/山田敏久
出演/竹野内豊、玉木宏、奥平大兼、當真あみ、藤本隆宏、三浦誠己、山内圭哉、川口貴弘、中林大樹、田中美央、田中麗奈、益岡徹、石丸幹二、中井貴一
配給/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント、バンダイナムコフィルムワークス

(長野辰次)

【画像】「えっ、かっこいいじゃないか」これが『雪風 YUKIKAZE』の個性あふれる乗員たちです(6枚)

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長野辰次

フリーライター。映画、アニメ、小説、マンガなどのレビューや作家インタビューを中心に、「キネマ旬報」「映画秘宝」などに執筆。現在公開中の『八犬伝』(キノフィルムズ配給)の劇場パンフレットなどにもレビューを寄稿している。