鬼殺隊士は、なぜ戦うのか? 無一郎、蜜璃らが口にした「役立つ」に隠れたもうひとつの意味
『鬼滅の刃』に登場する鬼殺隊には、およそ数百名の隊士がいます。隊士たちや柱たちは、何のために鬼と戦っているのでしょう? 彼らが戦いのなかで口にする「役に立つ」という言葉に注目し、「役に立つ」という言葉にどんな思いが込められているのかを考えます。
「役に立つ」に込められた思いとは…
『鬼滅の刃』に登場する「鬼殺隊」は、人を喰らう鬼たちを倒し、その始祖である鬼舞辻無惨を倒すことを目的とした政府非公認組織です。およそ数百名によって構成されおり、もっとも位が高い「柱」は、知力、体力、人格ともに優れ、当主である産屋敷燿哉(うぶやしき・かがや)から厚い信頼を寄せられています。
そんな鬼殺隊の隊士たちは何のために戦っているのでしょう?
モブキャラの代表、村田隊士は、鬼に殺された家族の仇を討つためですし、サイコロステーキ先輩は、安全に出世してお金を稼ぎたいと言っていました。
では、彼ら一般の隊士よりももっと危険な相手と命をかけて戦う柱たちは、何のために戦っているのでしょう?
彼らが戦いのなかで口にする言葉に気になるものがありました。それは、「役に立つ」という言葉です。この記事では、彼らが「役に立つ」という言葉にどんな思いを込めていたのかを考えていきます。
※この記事では、物語終盤のシーンの記載があります。原作マンガを未読の方はご注意ください。
●「役に立つ」ために戦った時透無一郎
無限城での決戦で上弦の壱・黒死牟(こくしぼう)と最初に対峙したのは霞柱・時透無一郎(ときとう・むいちろう)でした。
無一郎は、柱の中では最年少の14歳で、刀を握ってわずか2か月で柱となったという天才剣士です。無一郎が自分の子孫であることを知った黒死牟はその腕前や判断力に感心し、鬼に勧誘するほどでした。
しかし、黒死牟の強さは圧倒的で、重傷を負い、死を覚悟した無一郎は、自分が犠牲になって黒死牟の動きを止め、一緒に戦っている風柱・不死川実弥(しなずがわ・さねみ)と岩柱・悲鳴嶼行冥(ひめじま・ぎょうめい)に戦いを託そうとするのです。「まだ動ける内に 役に立てるうちに……急げ!!」と。
無一郎の心には、かつて鬼に襲われた時に、兄の有一郎が亡くなり腐敗していくのを、ただただ見ているしかできなかったという後悔と歯がゆさがずっとあったのかもしれません。自分は、兄を守れなかった。兄をひとりで死なせた……という後悔を抱いていた無一郎だったからこそ、鬼のいない世界を実現するために、そして仲間のために、今度こそ自分の命を使いたいと思ったのでしょう。
彼は、胴を切断されてなお、「俺が…何とかしなくちゃ」と渾身の力で刀を握り、赫刀を発現させたことで勝利に貢献しました。
無一郎にとっての「役に立つ」とは、無一郎の「無」が「なにもない」のではなく、「無限」の「無」であることの証明だったのではないでしょうか。
●ありのままの自分で「役に立ち」たかった甘露寺蜜璃
無惨との最終決戦で大けがを負い戦線離脱を余儀なくされた恋柱・甘露寺蜜璃(かんろじ・みつり)ですが、「もういい 十分やった」と声をかける蛇柱・伊黒小芭内(いぐろ・おばない)に「駄目よ 全然役に立ってない このままじゃ死ねない」と返します。
桜餅色の髪をした蜜璃は、心優しく、明るくて笑顔がかわいい、社交的な女性です。と同時に、一般的な人の8倍もの密度の筋肉を活かした怪力を発揮し、超がつくほど大食いでもあります。
家族は5人姉弟で仲が良く、鬼とは無縁の健全な生活を送っていました。ですが、17歳の時にしたお見合いが体質や髪色、旺盛な食欲などを理由に破談となってから、蜜璃は自分の本心や本質を隠すようになったのです。力の弱いふりをし、髪色を黒く染め、食欲も抑えて……。
鬼殺隊の当主・産屋敷耀哉に、ありのままの自分を認められて自信を取り戻すも、なかなか最後の殻を破れずにいました。
そもそも柱たちは悲惨な過去を乗り越えて鍛錬を積んだ人がほとんどです。そのなかにあって蜜璃は、「添い遂げる殿方を見つけるため」と、鬼殺隊に入った理由もライトで、なかなか自分の価値を見出せなかったのかもしれません。戦力的にも、自分は他の柱たちより劣っているとひけめを感じていたのではないでしょうか。
だからこそ、無惨との戦いが終わり、死を前にしてなお、「私あんまり役に立たなかったよね ごめんね…」という言葉が出たのだと思います。しかし、伊黒は蜜璃を抱きしめ、彼女はその存在だけで他の柱たちや多くの人の心を「救済してる 胸を張れ」と語りかけるのです。その言葉を聞いて、蜜璃は初めて思いのたけを伊黒に伝えます。
蜜璃にとっての「役に立つ」とは、ありのままの自分を好きになることだったのではないでしょうか。
柱だけではない! 若い世代も「役に立つ」ことを考えている
●人の役に立ちたいと考えられるようになった栗花落カナヲ
無惨との最終決戦において、姉たちに負けない戦いぶりを見せたのは、栗花落カナヲ(つゆり・かなを)です。
カナヲは、炭治郎の同期ですが、すでに蟲柱・胡蝶しのぶ(こちょう・しのぶ)の「継子」となっていました。しかし幼い頃、親から虐待されて育ち、感情を押し殺すのが常だったからか、自分の感情や考えを表すことや人とのコミュニケーションが大の苦手です。
そんなカナヲが炭治郎をはじめ善逸や伊之助たちと触れ合うなかで、次第に心の成長が見られるようになります。そして胡蝶カナエ・しのぶ姉妹の仇である童磨との戦いで、それまで抑えていた感情を爆発させ、伊之助とともに勝利すると、カナエとしのぶの死に、自分の心に素直になって初めて涙を流すことができました。
しかしそんな彼女も無惨の強さの前ではひとたまりもありませんでした。絶体絶命の瞬間、カナヲの心にあったのは「私だって 姉さんみたいに最期までちゃんとやる」という思いです。「みんなが安全に生きられるように」「また悲しい思いをしなくていいように」、自分も「役に立ちたい」と、最後の最後まで戦いを放棄しませんでした。
思いやりや優しさといった、それまで蓋をしていた感情を解放することで、カナヲは、人の「役に立つ」よう、成長していったのではないでしょうか。
●弱い自分を克服し、人の役に立とうとした不死川玄弥
不死川玄弥(しなずがわ・げんや)も、鬼殺隊で炭治郎の同期の剣士です。鬼殺隊の最終選別の後、女童を殴って日輪刀を催促したことや、目つきの悪さで、粗暴な性格に見えますが、実は女性が苦手でしゃべれないなど意外とシャイで優しい性格をしています。
風柱・不死川実弥の弟ですが、玄弥自身は呼吸の才能がありません。そのため戦う時には日輪刀と鉄砲を使います。そして、鬼の肉を食べ、体に取り込むことで、一時的に鬼の力を使えるようになるという特殊な力があります。無限城での上弦の壱・黒死牟との戦いの勝利は、玄弥のこの力なくしては手にできなかったでしょう。
黒死牟との戦いで、玄弥はあっという間に胴を真っ二つに切られ、絶体絶命のところを兄の実弥に救われ、黒死牟の髪の毛を食べて体をつなげることができました。しかし、柱たちと黒死牟の戦いはすさまじく、玄弥が割って入れる隙など、まったくありません。
「役に立てないこと」「仲間を守れないこと」「弱いこと」を悔やむ玄弥でしたが、そんな時、思い出したのが炭治郎の言葉でした。
「一番弱い人が 一番可能性を持ってるんだよ玄弥」
この言葉に勇気をもらって、玄弥は黒死牟の刀の一部を食べ、それで得た血鬼術によって黒死牟の動きを封じることに成功。しかしその直後、黒死牟の反撃に遭って、玄弥は脳天から切られたことがもとで、兄に見守られながら亡くなったのでした。
兄の「役に立つ」ことを願った玄弥。弱い自分でいることを克服することで、兄への思いを伝えられたのです。
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「役に立つ」という言葉の奥にある、もうひとつの気持ち。『鬼滅の刃』が愛されるのは、こうしたひとつの言葉からも、さまざまな思いが伝わってくるからなのでしょう。
(山田晃子)