『ドラクエ』海外進出は苦戦の連続だった? 名作『5』と『6』は展開中止も
北米市場でいきなり苦境に立たされた「ドラクエ」

エニックスが海外展開を見据えて「ドラクエ」を送り出したのは、北米のゲーム市場でした。北米版のファミコン「Nintendo Entertainment System」(以下、NES)向けに『ドラクエ1』が登場したのは、日本版の発売から3年が経った1989年のことです。
昨今のビデオゲーム市場といえば、制作の段階からグローバル市場を見据えて作られていますが、1980年代当時は今ほどその視点が一般化しているとはいい難い状況でした。ゆえに、海外ユーザーにも日本版の内容を楽しんでもらえるようなローカライズ(最適化)作業においても、乗り越えなければならないハードルが多く、「ドラクエ」本来の作風が海外版で十分に表現できなかったのではないか? と考えられます。
例えば「ホイミ」や「メラ」などの個性的な呪文名は、ローカライズに際して「ヒール」「ブレイズ」などなど、ありふれた名称へ変更されました。また、ファミコン少年の妄想を掻き立てたであろう「ぱふぱふ」も、表現上の問題から削除されています。そのほか「教会」やキャラクター死亡時の演出(棺おけ)なども別のものへ差し替えられ、故・鳥山明氏によるキャッチーなビジュアルイメージも、日本版とは全くの別物になっていました。
大前提として、北米版『ドラクエ1』は当時の開発スタッフがローカライズに尽力した末に誕生した産物ということです。日本でシリーズが始動してからまだ3年弱のシリーズ作品を、さまざまな規制を乗り越えて海外向けに手直しするということは、ユーザー目線でも相当な苦労がうかがえます。
しかしローカライズの努力もむなしく、北米市場でのセールス記録が日本に比肩(ひけん)することはありませんでした。「ロト」シリーズ三部作がNES向けに展開されるも、売上は10万本から15万本前後。その原因にはローカライズの難しさにくわえ、RPGというジャンルに対する価値観の違いもあったのではないでしょうか。また、日本よりも先にRPGがゲーム文化として根付いていた北米において、オーソドックスな作りの「ドラクエ」がユーザーにあまり受け入れられなかった……という視点も考えられます。
ファミコン時代の海外展開が振るわなかったからか、エニックスは『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(以下、ドラクエ5)と『ドラゴンクエストVI 幻の大地』(以下、ドラクエ6)の海外展開を中止します。2001年にはPlayStation用ソフト『ドラゴンクエストVII エデンの戦士たち』(以下、ドラクエ7)のローカライズで長い沈黙を破ったものの、海外で人気を博していた「ファイナルファンタジー」シリーズ最新作『ファイナルファンタジーX』の存在もあり、思うようにセールスを伸ばすことができませんでした。





