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『ガンダム』冷酷? 無能? アムロの父、テム・レイは本当にダメな父親だったのか?

大人として、軍人として、家庭人として

『機動戦士ガンダム アムロ・レイぴあ』(ぴあ)
『機動戦士ガンダム アムロ・レイぴあ』(ぴあ)

 まず、大人としての態度です。最初に登場したとき、ブライトと次のような言葉を交わしていました。

「ガンダムが量産されるようになれば、君のような若者が実戦に出なくても戦争は終わろう」

 そして、自分の息子ぐらいの歳の子供が戦場に立っているという話を聞くと「嫌だねぇ」と嘆いています。一連のやりとりには、軍事技術者としての矜持とともに、子供たちを戦争に巻き込みたくないテム・レイの気持ちが強く表れています。

 軍人としての態度もあります。第1話で「サイド7」の人々を「ホワイトベース」に避難させるよりガンダムの搬入と準備を優先させたのは、これ以上「ザク」の攻撃によって被害を拡大させないために軍人として下した冷静な判断として捉えることができます。アムロには避難を促していたので、息子の命を軽視していたわけでもありません。また、その前にアムロが「フラウ・ボウ」に「親父は何も教えてくれないもん」とこぼしていましたが、家族に機密を漏らさないのは軍人として当たり前の態度でしょう。

 そして家庭人としての態度があります。テム・レイはホワイトベースの自室にアムロの写真を飾っており、息子への愛情がさりげなく示されていました。アムロを殴ったことがないのは、父親から子への暴力が当たり前だった1970年代の日本を考えると、先進的な振る舞いだったといえるでしょう。父子関係が良好だったことは、サイド6で再会したときのアムロの態度を見ればよくわかります。

 妻「カマリア」との別居の経緯もごく自然なものでした。幼いアムロと宇宙へ移住したのは、「サイドの建設を見てごらん。それは素晴らしいものだよ。アムロに見せておきたいんだ」という言葉のとおり、自身の仕事はもちろんのこと、自分と似た資質を持つアムロに宇宙で素晴らしい経験をさせたいという気持ちが強かったからでしょう。一方で地球に残りたいというカマリアの選択を尊重しており、妻を責めたり、無理強いしたりすることもありませんでした。

 後に絵コンテや小説版によって、カマリアには地球に不倫相手がいることが判明しました。夫と子供より愛人との地球での生活を選んだカマリアへの批判の高まりとともに、テム・レイの肩を持つ人が増えたように感じます。

 サイド6での振る舞いについては、子供が戦場に出ることを嘆いていた言葉と、子供であるアムロの活躍を見た無邪気な喜びようを比較すると、酸素欠乏症によって世界や物事への認知が変わってしまった可能性が高いと考えられます。もはやテム・レイにとっての関心はガンダムとガンダムのパイロットとしてのアムロにしかなかったのでしょう。アムロにカマリアの話を持ち出されたときは、一度はスルーして、二度目は「う、うん。戦争はもうじき終わる。そしたら地球へ一度行こう」と返事を濁していました。少なくともカマリアへの関心はかなり薄れていたようです。

 総合すると、「優秀な技術者であり、軍人であるとともに、息子への愛情は豊かだが不器用な父親」という人物像が浮かび上がってきます。テム・レイはけっして冷酷な人物でもありませんし、悪い父親でもありませんでした。酸素欠乏症になったイメージが強烈だった分、悪い印象に引っ張られてしまってネガティブに捉えられていた感が否めません。

 なお、テム・レイのモデルは富野由悠季監督の父親です。富野監督の著書『「ガンダム」の家族論』(ワニブックス)には「アムロの父のモデルは、僕の父」という項目があります。

 富野監督の父は技術者として軍需工場に勤め、宇宙服の先駆けである与圧服の開発に携わっていました。富野監督自身も幼い頃からそういうものを見て育ったおかげで、宇宙への関心が高まったといいます。富野監督の父がテム・レイならば、富野監督自身はアムロだったというわけです。父に殴られるようなこともなかったそうです。

 しかし、富野監督は父に複雑な思いを抱えていました。『ガンダム』の中でアムロを殴ったブライトが「殴られもせずに一人前になった奴がどこにいるものか」と言いますが、富野監督も父親から子供への暴力がタブーとされる風潮に反対しており、父親が強い存在なほど子供は自立心が養われると考えていました。『ガンダム』の2年前に富野監督が手掛けたTVアニメ『無敵超人ザンボット3』の主人公「勝平」の、屈強で頼りがいのある父「源五郎」は、息子を張り倒す人物として描かれています。

 テム・レイは源五郎と真逆のアプローチで作り上げられた人物でした。富野監督は前掲書でテム・レイを「戦火を避ける避難民の救助より、ガンダムの運搬を優先させるよう命じる男」とした上で、次のように続けています。

「僕の父は冷たい人間ではなかったが、社会に向き合わない技術者であったことには変わりがない。子供には優しい、というよりも甘いところがあり、僕自身もそこに甘えてぬくぬくと育ってしまったという自覚がある」

父性を「子供を律し、社会性を与えようとする役割」と定義する富野監督は、社会に向き合わなかった実父やテム・レイに複雑な感情を抱いていたようですが、現代の視聴者による評価は変化してきたようです。背景には社会が父親に求めるものの変化があるのかもしれません。

(大山くまお)

【画像】このコスチュームどういう構造? 見えちゃってそうなガンダムヒロインたち(5枚)

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