『あんぱん』手塚治虫の「寝落ち」「朝はない」が話題に やなせたかしが虫プロの現場で見た「修羅場」とは
『あんぱん』114話では、手嶌治虫が柳井家で寝落ちしたことが話題になりました。それくらい忙しく働いていたようです。
貴重な才能に気付いた現場だったが

2025年前期の連続TV小説『あんぱん』は『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんとその妻の暢(のぶ)さんがモデルの物語です。最新の第23週114話では、「柳井のぶ(演:今田美桜)」が茶道をしているところへ、天才漫画家「手嶌治虫(演:眞栄田郷敦)」がやってきました。
手嶌は113話で「柳井嵩(演:北村匠海)」に電話で仕事を依頼しようとしたものの、いたずらだと思われて切られてしまったので、直接柳井家を訪れたのです。しかし、手嶌はのぶが点てたお茶を飲んで「最近忙しすぎたので、心が落ち着きます」と言ったあと、寝落ちしてしまいました。
手嶌のモデルは、かの「マンガの神様」手塚治虫さんです。やなせさんの自伝『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)によると、手塚さんは1967年10月頃、やなせさんに電話で自身のアニメーション制作会社、虫プロダクションによる大人向けの劇場アニメ『千夜一夜物語』(1969年公開)の美術監督とキャラクターデザインを依頼しています。
手塚プロダクションが運営する手塚治虫公式Webサイトにある連載の年表を参照すると、手塚さんは1967年10月当時、代表作『鉄腕アトム』『火の鳥 黎明編』ほか、『アトム今昔物語』『どろろ』『ガムガムパンチ』『フライングベン』『人間ども集まれ!』の連載も持っていました。加えて虫プロの仕事もあったと考えると、恐ろしいスケジュールです。この時期に和室でゆったりお茶を飲んでいたら、寝落ちしても仕方ないかもしれません。
そんな手塚さんからの依頼を受け、やなせさんは東京の富士見台にあった虫プロの現場に通う日々が始まりました。別の自伝『アンパンマンの遺書』(岩波書店)によると、やなせさんはプロデューサーの富岡厚司さんから、起用の理由について「虫プロは鉄腕アトムのイメージが強く、スタッフも子供アニメのキャラクターに馴れているので、キャラクターは大人漫画の人に依頼しようというので、いろいろ人選した結果やなせさんに決定したんです」と言われたそうです。
アニメに関しては素人だったやなせさんですが、ここで自身の「キャラクターを多数考える才能」に気付いたといいます。別の著書『わたしが正義について語るなら』(ポプラ社)では、やなせさんは「シナリオを読んでいると、登場人物が心の中で生命ある実像となって浮かび上がってくる」「三十分くらいで考えついて、(自宅で)ラフを作ってFAXでスタジオに送る。これは業界では早い方らしい」と語っていました。おかげで、やなせさんは虫プロに行くのも楽しみになったといいます。
そして、やなせさんは「凄絶なアニメーター地獄を通過したのも貴重な体験になりました」「初めての成人向けの長編アニメーションの制作現場では、異常な熱気と混乱の修羅場が続きました」(『人生なんて夢だけど』より)とも振り返っていました。手塚治虫公式サイトでは、『千夜一夜物語』に関して「世界に通用するアニメ超大作を、という意気込みで作られた本作は、のべ6万人のスタッフを動員し、7万枚の動画を費やして製作されました」と説明されています。
『人生なんて夢だけど』では、そんな超大作の現場について「深沢一夫の脚本(手塚治虫、熊井宏之と共同)は手直しに次ぐ手直しで、冒頭の数シーンを除いては原形をとどめないほどに変化しました。『手塚さんの場合はしようがない』とみんなあきらめ顔でした」「作品封切りは大幅に遅れて徹夜に次ぐ徹夜。全員入浴の時間もなく目だけ光っているという凄惨な光景」と、とにかく過酷だったことがつづられていました。『あんぱん』で「手嶌プロに朝はない」という張り紙が映ったように、現場のトイレに「虫プロに朝はない」という落書きがあったそうです。
配給の日本ヘラルドの古川勝巳社長が「できてよかった」と安堵したという『千夜一夜物語』は、1969年6月に公開され、配給収入で2億9000万円という大ヒットを記録しました。その後、やなせさんはお礼として虫プロで代表作『やさしいライオン』のアニメ映画を作っています。
『あんぱん』115話では、さっそく嵩が手嶌の仕事場を訪れるそうです。第24週以降で『千夜一夜物語』の現場が描かれると思われますが、壮絶な制作風景はどこまで再現されるのでしょうか。
(マグミクス編集部)
