『Zガンダム』大反響のフォウ・ムラサメ伝説「まる出し」イラスト 当時アニメ制作現場はどう受け止めていた?
『Zガンダム』フォウ・ムラサメの裸体イラストを掲載した出版側と制作会社の関係とは?
公式フィギュア化で再注目

「ニュータイプに掲載された『機動戦士Zガンダム』のフォウ・ムラサメのヌードイラストを当時の制作関係者はどう受け止めていましたか?」
しばらく前には『ガンダム』のセイラのヌードイラスト。今度はフォウについて、こんなご質問をいただきました。
私は存じていませんでしたが、今回、それがオフィシャルにフィギュア化されるという話をきっかけ?に、話題になっているとのこと。
さて、期待を裏切ってしまいそうで申し訳ありませんが、記憶の限りは、スタッフ間では話題にも問題視もされておりません。多分、ほとんどは気にもとめていなかったでしょう。
それはなぜか。簡単です。「ただの仕事の一環にいちいち興味は持たない」からです。
『Zガンダム』に限らず、アニメの制作現場は常にスケジュールに追われて仕事をしているとてもハードな場所です。みな、この先どんな作品を作っていくか、どんな準備が必要か……そうしたことを常に考えながら目の前に積み上がる仕事を粛々とこなしてゆくので手一杯。当時、何冊も発行されていたアニメ誌毎号に目を通してなどいません。(各個人は分かりませんが)
版権許諾にはもちろんいろいろな規定があるので説明は省きます。ただ、それでも「許諾」が可能なのは、この規定を守っている前提での制作会社と出版社との信頼関係があったからでもあります。
ベテランファンでしたらご存じかもですが、かつて林立していたアニメ誌の誌上では、サンライズ(現:バンダイナムコフィルムワークス)作品のページが他社作品より多い確率が高かったはずです。
理由は、当時のサンライズ作品の多くが「オリジナル作品」であったからです。
原作があれば、その名で視聴者は「あれか」と分かってくれます。しかしオリジナルの場合はそうはいきません。なにせ初めて聞く名前。「機動戦士ガンダム? 戦士っていうから戦い? ガン? 銃でも持ってるのか?」まあ、こんな想像くらい?
なんだか分からないものを見てもらうにはどうするか? 事前告知と作品内容を紹介し続ける、これしかありません。
まずは当時の主力視聴者である幼児向け雑誌に積極的に資料を提供し、毎号情報を掲載してもらう。これが始まりでした。
アニメ誌が登場すると、もともとファン向けの雑誌ゆえ、ファンが求める設定や事前情報、場面画像を複数提供し、誌面を多く取ってもらえるよう工夫をしていました。
実は1980年代半ばまでは、私が所属していた広報も兼務していた企画室が、放送中の作品の話数ごとに、選別した数十点の良いシーンを、広報用に特別撮影した「ポジフィルム」で用意、毎話のシナリオや放送リストとともに毎月各誌に配るという作業を行っていました。
また、番組の宣伝をしてもらっているということで、基本的に掲載料は無しにしており、出版側もたくさんの資料や画稿を載せることが可能だったのです。
こうした経緯があったからこそ、サンライズ作品は多くの方々に認知していただけるようになり、また掲載資料の多さからも、より作品を身近に感じていただけたのだと思います。
しかし、私たちがこんな作業をしていたことをスタッフはほぼ知りません。
それは、当時のサンライズが「制作現場が制作作業に全精力を注げるように」という方針だったからで、番組制作というのはそれほど大変だということでもあるのです。
やがて80年後半辺りになると、アニメ誌からの要望も増え、特に新たに描き起こす画稿等については営業部と作品担当プロデューサーの采配になり、そんな状況のなか、あのフォウのイラストも生まれていったようです。
ただ、ときおり手順を飛び越えた発注が行われることもあって、番組の作業とは関係のないことに主力スタッフが時間を取られてしまうことを、現場は歓迎していなかったとも聞きます。
とはいえ、今回のフィギュアがどのような経緯で企画に至ったかはわかりませんが、純粋にあのイラストの魅力を立体化したいという想いで制作されていることでしょう。そうした創作への情熱は、どの時代においても「尊い」ものだと、古参の自分は微笑ましく感じています。
(風間洋(河原よしえ))
【著者プロフィール】
風間洋(河原よしえ)
1975年よりアニメ制作会社サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の『勇者ライディーン』(東北新社)制作スタジオに学生バイトで所属。卒業後、正規スタッフとして『無敵超人ザンボット3』等の設定助手、『最強ロボ ダイオージャ』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『巨神ゴーグ』等の文芸設定制作、『重戦機エルガイム』では「河原よしえ」名で脚本参加。『機甲戦記ドラグナー』『魔神英雄伝ワタル』『鎧伝 サムライトルーパー』等々の企画開発等に携わる。1989年より著述家として独立。同社作品のノベライズ、オリジナル小説、脚本、ムック関係やコラム等も手掛けている。
2017年から、認定NPO法人・アニメ、特撮アーカイブ機構『ATAC』研究員として、アニメーションのアーカイブ活動にも参加中。
