声優ファンとVTuberファンはどう違う? 「中の人」が語る、「壊れていく」理由【この業界の片隅で】
同じ高さの目線だからこその「壊れていく」怖さ

次に尋ねたかったのは、声優とは違って顔出しをしないはずのVTuberでも、メンタルヘルスの問題で休業したり廃業したりすることがあります。まったく事情を知らない部外者には、いささか不思議に思えますが、何か特有の原因があるのかということです。
これに対する答えも、とても興味深いものでした。
声優の場合は、たとえアイドルのように扱われる場合でも、できる限りの努力をして積み上げてきたスキルで勝負している感覚が常にある。だから、たとえ人気が出なかったりファンの方が離れていったりしても、自分の才能や努力が足りなかったからだと、負けを受け入れて気持ちに折り合いをつけることもできるといいます。
一方でVTuberの場合は、はじめからステージ自体が存在せず、同じ目線の高さなので、スキルで勝負しているという感覚がどうしても持ちづらいそうです。本物の親近感や連帯感が生まれるので、それが強みになる反面、負けを受け入れて気持ちに折り合いをつけるのが難しくなります。
自分では精いっぱい努力して、ありったけの愛情や共感を込めて配信したはずなのに、親近感や連帯感が視聴数のような全世界に公表される数字の形で下降線を辿り、あまつさえそっぽを向かれたりしたら、「自分と言う人間自体が愛される資格がないのかもしれない」という考えが頭をよぎってしまうのです。
何とかして元のように振り向いてもらおうと頑張れば頑張るほど、本人も気付かないうちに「壊れていく」ことになりかねません。
この感覚は、デジタルネイティブ世代でなくとも分かる気はします。友人や仲間や家族から満たしてもらっていた承認欲求が、ゲームの体力ゲージが減っていくような目に見える形で減らされていくとすれば、その苦しみと焦りはどれほどのものでしょうか。
では、どうやってそれに対応していくのかという質問には、「どうするんでしょうねえ」と、笑って答えてくれませんでした。
自分に興味がない人は、これから興味を持ってくれる人、自分のことが嫌いな人は、これから好きになってくれる人。普段からそんなふうに考えて成功をつかんできた方ですから、前向きに今を楽しむ気持ちさえあれば、たとえどうなっても大丈夫なんですよと、言いたかったのかもしれません。
多くの人に愛される魅力は、そんな気持ちから生まれるのでしょう。
(おふとん犬)



