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『ガンダム』宇宙要塞「ア・バオア・クー」名前はどう決まった? 富野監督に聞く

創作物において、架空の地名や施設名などはどのように決めるのでしょうか。「ガンダム」の世界において独特な響きを持つ「ア・バオア・クー」の由来について、中心スタッフ、そして富野監督に直接伺ったその答えは。

『機動戦士ガンダム』最終決戦の舞台

アムロやララァの背後に見えるのが宇宙要塞「ア・バオア・クー」。劇場版『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』ポスタービジュアル (C)創通・サンライズ
アムロやララァの背後に見えるのが宇宙要塞「ア・バオア・クー」。劇場版『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』ポスタービジュアル (C)創通・サンライズ

 2025年、アニメファンのあいだで話題をさらっているもののひとつに『機動戦士Gundam GQuuuuuuX(ジークアクス)』があります。

 テレビ放送も始まり今後の盛り上がりも楽しみなところですが、全てのシリーズの基本となる1979年の『機動戦士ガンダム』も、まだまだその人気は衰えず、『GQuuuuuuX』公開のおかげで、かえって初めて「ガンダム」の世界に興味を持った新しい世代のあいだで話題になっている、という話も耳に入ってきます。

 そのような現状もあってか、良くも悪くも、いまだ様々な都市伝説的なウワサや推測話があるとか。

 昨日尋ねられたのが「ア・バオア・クーの名前は誰が何から付けたのか?」です。

 これについては大きくふたつの噂があるそうで、

・神奈川県横浜市にある「青葉区(アオバク)」が元ネタ
・幻獣の名前からとっている

というものです。

 明らかにガセなのが「青葉区」という話。なぜなら『ガンダム』が放送されていた1979年には、まだ横浜の青葉区は存在していません。成立は1996(平成6)年11月。『ガンダム』が放送されてから15年も後のことです。もっとも、笑い話のネタとして語られているだけのようですけれども。

 では「幻獣」説はどうでしょう。

 アラビアンナイトに登場する幻獣の名の英訳らしいのですが、カタカナだと「ア・バオ・ア・クゥー」という表記(表記法は様々あるようです)になっています。

 どんな幻獣なのかは、ご興味がある方は各自、調べていただくとして、それは本当なのでしょうか。

 そこで、先日、制作当時にシナリオとSF設定を担当していた松崎健一さんに直接、伺ってみました。

 結論から述べると、この名前は松崎さん自身の発案ではないそうです。

 また、ほかの担当ライターさんから出てくるタイプの名称でもなさそうだとのこと。これには、いくつかの作品で文芸制作を担当した私も同様の意見でした。

 このコラムでも様々な名称の決定経緯を紹介して来ましたが、1970年代後半から80年代の自分が経験した範囲では、作品内の名称は、スタート時はシリーズ構成なども担当するメインライターと監督、商標などが関係すれば、スポンサー、時にはTV局なども加わっての相談で決まります。

 しかし、シリーズが進んでゆくと、例えばその話数にしか登場しないものなどは、担当ライターやデザイナーなどが付けていくことが多いのです。

 ただ、「ア・バオア・クー」の場合は、作品の最後に向けての大事な舞台であり「使い捨て」のものではないので、監督のプロット段階で決まっていた……つまり、富野監督である可能性が高い。これも松崎さんと意見が合致。(青葉区の話には松崎さんも爆笑)

 こうなると、富野監督に直接お尋ねするしかなさそうです。

 とはいえ、とにかくお忙しい監督。昔のように気軽に直電……というわけにも……。

 しかし、なんと運良く別件で直接お目に掛かる機会が持てましたので、陰でこっそりと伺うことに。

 監督にとっては50年近くも前のこと。最初は「ア・バオア・クー」そのものがピンとこなかったようで、

「それは僕しらないよ?」

と首をかしげていましたが、説明する内に

「あ、思い出してきた! そう、それ、あの螺旋状の、ぐるぐるっていう城の……」

 アラビアンナイトに登場する幻獣「ア・バオ・ア・クゥー」は、おっしゃるとおりの螺旋状の城の麓に住んでいて、この城を登り切る者がいないと死んでしまうという存在です。

「うん、そうだ、たしかに僕です」

 監督は笑顔ではっきりとそう答えてくれました。

 これ以上の「正解」はありませんよね。

 答えは「富野監督自身が、アラビアンナイトに登場した幻獣の名前を紹介した書籍を参考にして付けたもの」です。

 富野監督も今では80代半ばです。たくさんの作品を作り続け、常に新しい作品作りに没頭してきた彼にとっては『ガンダム』も遠い過去のもの。細かなことは、もう忘却の彼方でもあります。

 ちまたでは、辛辣なコメントで怒ってばかりいるように思われがちな監督ですが、

「いつも記事をありがとうね。できる限り読んでます」

笑顔でそう言いながら肩を叩いてくれた富野さん。実はとても優しい方です。

 そんな彼にとって、出来は悪いですが、自分は「外付けハードディスク」のひとつでありたいと思っています。

(風間洋(河原よしえ))

【著者プロフィール】
風間洋(河原よしえ)
1975年よりアニメ制作会社サンライズ(現・バンダイナムコフィルムワークス)の『勇者ライディーン』(東北新社)制作スタジオに学生バイトで所属。卒業後、正規スタッフとして『無敵超人ザンボット3』等の設定助手、『最強ロボ ダイオージャ』『戦闘メカ ザブングル』『聖戦士ダンバイン』『巨神ゴーグ』等の文芸設定制作、『重戦機エルガイム』では「河原よしえ」名で脚本参加。『機甲戦記ドラグナー』『魔神英雄伝ワタル』『鎧伝 サムライトルーパー』等々の企画開発等に携わる。1989年より著述家として独立。同社作品のノベライズ、オリジナル小説、脚本、ムック関係やコラム等も手掛けている。
2017年から、認定NPO法人・アニメ、特撮アーカイブ機構『ATAC』研究員として、アニメーションのアーカイブ活動にも参加中。

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