『ガンダム』闇堕ちぶりがカリスマ化? むしろ愛されてますよカテジナさん!
「ガンダム」シリーズ作品に見られる、いわゆる闇堕ちといわれるキャラクターのなかでも、『機動戦士Vガンダム』のカテジナ・ルースはやはり別格でした。ただ昨今は、彼女を被害者として見る向きもあるようです。
語り継がれる「悪女」はもはやカリスマ?

マグミクスは2025年7月16日、「『ガンダム』の『闇堕ち』が見てらんないキャラ ハサウェイはちょっと違うかも?」と題した記事を配信しました。「レコア・ロンド」「リディ・マーセナス」を引き合いに、『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の主人公「ハサウェイ・ノア」が闇堕ちキャラか否かについて考察した内容で、これに多くの反響の声が寄せられています。
さまざまな声が聞かれたなか、目立ったのが『機動戦士Vガンダム』の「カテジナ・ルース」への言及の多さでした。「カテジナさんが抜けている」「闇堕ちといえばカテ公一択でしょ」など、ほかのキャラクターと比べても言及数が際立っています。従来の「悪女」イメージのほか、擁護的な意見も見られました。
もちろん、これだけ言及されるのにはわけがあります。カテジナといえば「ガンダム三大悪女筆頭」「別格」といった不名誉な肩書きで語られることが多く、その印象の強さはほかの追随を許さないものがあるようです。
一方で、コメントをよく読んでみると「カテ公」という「愛称」で呼ぶファンが非常に多いことに気づきます。そもそもは蔑称のはずですが、単純な嫌悪感ではない、複雑な感情がうかがえます。
同様に、昨今はカテジナを「被害者」として見る視点も生まれているようです。「男と戦争に惑わされた少女」「感情移入できる部分が見受けられない」とされていたカテジナですが、実は17歳という年齢を考慮すると、むしろ同情すべき面もあるのではないでしょうか。
確かに、13歳のウッソが17歳のカテジナに抱いた憧れの気持ちは、受け手側からすれば相当な重圧だったかもしれません。年下の少年からの一方的な神聖化は、カテジナにとって精神的な負担になっていた可能性もあるでしょう。
さらに、ウッソの正論による説得も問題だったという見方があります。正論は時に相手を追い詰める強さを持っており、それゆえカテジナは言葉ではなく「狂気」をもって対抗するしかなかったというわけです。
ただ、こうした背景があったとしても、カテジナの数々の暴挙が許されるものではないことは言うまでもありません。ウッソの母親「ミューラ」の事故死を招いたり、部下を露出のきわどい姿で出撃させたりした行為は、理由があったとしても正当化できるものではないでしょう。
なお、カテジナが最終的に失明と記憶喪失という結末を迎えたことについても「戦死せずに生き延びたことが許せない」という厳しい意見がある一方で、「生きることは時には死ぬよりつらい」罰だったという解釈も存在します。
というのは、ほかの富野監督作品にもいえることで、死によって魂となり分かり合えるニュータイプの世界観では、生き残って孤独に生きることの方が重い罰なのかもしれませんね。
(マグミクス編集部)







