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『ばけばけ』ヘブンの父が「母を捨てた」ことが判明 モデル・小泉八雲の両親の離婚話は「かなり酷い」「再婚相手が…」

連続テレビ小説『ばけばけ』第12週では、ヘブンの父が「母を捨てた」ことが語られました。

金縛りにあった日は母の命日

『連続テレビ小説 ばけばけ Part1 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)
『連続テレビ小説 ばけばけ Part1 NHKドラマ・ガイド』(NHK出版)

 2025年後期のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』は『知られぬ日本の面影』『怪談』などの名作文学を残した小泉八雲(パトリック・ラフカディオ・ハーン)と、彼を支え、「再話文学」の元ネタとなるさまざまな怪談を語った、妻・小泉セツがモデルの物語です。

 第12週58話では、主人公「松野トキ(演:高石あかり)」が、未来の夫「レフカダ・ヘブン(演:トミー・バストウ)」に「子捨て」の怪談を語りました。その際、ヘブンは自分の父と母の話をします。ヘブンの父は母を捨てたそうで、彼はそんな父を「ユルセナイ」と言いました。

 ヘブンのモデル、ラフカディオ・ハーンは、幼い頃に両親と生き別れています。母に同情し、父を恨んでいたというのも史実通りです。

 ギリシャのセリゴ島(現地呼称:キシラ島)出身のハーンの母、ローザ・アントニウ・カシマチは、1848年にセリゴ島に赴任していたアイルランド出身でイギリス軍の軍医であるチャールズ・ブッシュ・ハーンと出会い、恋に落ちます。ローザの家族は反対したものの、ふたりはほとんど駆け落ちのような形でチャールズの次の赴任地であるギリシャのレフカダ島に行き、結婚しました。

 そして、1850年6月27日にラフカディオが生まれます。父からアイルランドでよくあるパトリックという名も貰っていましたが、ラフカディオは渡米後に名乗らなくなったそうです。また、1歳上にロバートという兄もいましたが、彼は早くに病死してしまいました。

 その後、ラフカディオは2歳だった1852年、ローザとチャールズの実家があるアイルランドのダブリンに移住します。しかし、英語も堪能ではなく、寒いアイルランドの気候も肌に合わないローザは、精神を病んでしまったそうです。

 そして、ローザはラフカディオの弟・ジェームズを妊娠していた頃に、セリゴ島に帰ってしまいます。このときラフカディオはわずか4歳で、これが母との永遠の別れになりました。当時、軍医のチャールズはクリミア戦争に出征しており、ラフカディオは厳格なカトリックの大叔母サラ・ブレナンのもとで、孤独な幼少時代を送ることになります。

 その後の1857年1月には、両親の離婚が成立しました。チャールズは裁判で、ギリシャであげた結婚式はイギリスでは効力がないと主張し、ローザとの婚姻は「無効」という扱いになったそうです。

 そして、チャールズはかつての初恋の人だったアリシア・ゴスリン・クロフォードという未亡人(4人の連れ子がいた)と再婚してインドに赴任し、その後3人の娘も生まれました。ラフカディオは、単身赴任も多かった父と、生涯で5回ほどしか会っていなかったと言われています。

 当然ながら、このような形で母と自分を捨てた父を、ラフカディオは生涯恨んだそうです。また、ギリシャで生まれた弟・ジェームズ宛の書簡では、ラフカディオは「お母さんは一文無しでひと言の英語も喋れず、一人ぼっちで異国にいた…私はお母さんをこれっぽっちも悪く思っていない…お母さんの立場はひどかった。酷いものだった」と、自分を置いて出ていった母・ローザに同情する気持ちを綴っています。

 そのローザも、セリゴ島の有力者だったイオニアス・カバリニスという男性と結婚して、彼との間に4人の子供を作りました。カバリニスは、ラフカディオとジェームズの養育は拒否したそうです。

 その後、チャールズはラフカディオが事故で左目を失明したのと同年の1866年11月21日、マラリアによって48歳で亡くなりました。また、ローザも晩年に神経を病み、ギリシャ・コルフ島の病院に10年ほど入院して、1882年12月12日に59歳でこの世を去っています。ヘブンが金縛りにあって母と再会した『ばけばけ』55話の放送日は、ローザの命日でした。

※高石あかりさんの「高」は正式には「はしごだか」

参考書籍:『小泉八雲 ラフカディオ・ヘルン』(中央公論新社)、『小泉八雲 漂泊の作家 ラフカディオ・ハーンの生涯』(毎日新聞出版)

(マグミクス編集部)

【画像】え…っ! 「既に貫禄ある」「苦労したんだな」 コチラが4歳で母と生き別れた小泉八雲の、左目を失明したばかりの「16歳のときの写真」です

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