『ばけばけ』主人公ついに「雨清水トキ(丑三つ時)」に モデルの小泉セツと全然違う名前だったのはなぜ? 由来となった手紙
連続テレビ小説『ばけばけ』113話では、トキが生家・雨清水家に復籍し、話題を呼んでいます。
本当は銀二郎のモデルと離婚した時に復籍していた

連続テレビ小説『ばけばけ』第23週113話では、主人公「松野トキ(演:高石あかり)」が、夫「レフカダ・ヘブン(演:トミー・バストウ)」と正式に結婚するために、養家の松野家の籍を抜けて、生家・雨清水家に復籍することが決まりました。放送後、Xでは「丑三つ時」がトレンド入りしています。
113話にて、養父母の「松野司之介(演:岡部たかし)」「松野フミ(演:池脇千鶴)」は、トキに実母「雨清水タエ(演:北川景子)」から、トキが雨清水の籍に入ることを許してもらったと報告しました。怪談好きのトキは、自分の名前が「雨清水(うしみず)トキ=丑三つ時(うしみつどき)」になると気付き、うれしそうに笑い出しています。
思い返すと、『ばけばけ』は第1話で、幼少期のトキ(演:福地美晴)ほか松野家の家族が総出で「丑の刻参り」をしている場面が描かれていました。初期にトキが実は雨清水家の子供だと判明した際も、「おトキちゃん、本当は『雨清水トキ(丑三つ時)』だったのか」と、一部視聴者の間で話題になっています。
モデルの小泉セツは、生後7日で生家・小泉家から親戚の稲垣家に養子に出されました。彼女は1886年、稲垣家に最初の夫・前田為二を婿に迎えて結婚しましたが、彼は1年もしないうちに借金を抱えた貧しい生活に耐えられず出奔してしまいます。
その後の1890年1月、セツは稲垣家の養子になっていた為二と離婚するため、稲垣家の籍を抜けて小泉家に復籍しました。それから1年後の1891年2月頃、セツは女中としてラフカディオ・ハーンと出会い、同年の夏頃に夫婦になります。
そして、1895年8月から各種手続きを進め、セツが戸主となった小泉家の分家にハーンと息子・一雄(1893年11月生まれ)が入籍して、1896年2月、ハーンは日本人「小泉八雲」になりました。ちなみに為二は1901年9月、失踪を理由に稲垣家から除籍され、代わりにセツたちの次男・巌(1897年2月生まれ)が稲垣家の養子となっています。
『ばけばけ』ではトキの生家復籍と、ヘブンの帰化に関する複雑な手続きが同時に描かれました。視聴者からは、「史実知ってるから、いつ雨清水トキに戻るのかと思ってたらこのタイミングか」「雨清水って変わった名字だなと最初から思ってたが、最初から今日の伏線回収のためだったのか!?もしそうなら参った」と言った声が出ています。
ちなみに、なぜ小泉セツがモデルの主人公の名前が「松野トキ」になったのかは、ひ孫にあたる小泉八雲記念館の館長・小泉凡さん(『ばけばけ』にも撮影協力・資料提供で関わっている)が、著書『セツと八雲』のなかで由来を明かしていました。
お互いの言語の理解に苦労したハーンとセツは、日本語の助詞や動詞、形容詞の活用を省き、英単語も交えた「ヘルンさん言葉」と呼ばれる独自の言語で会話していたそうです。トキの名前は、記録に残っているヘルンさん言葉の一節がもとになっています。
ハーンは1904年の夏、子供たちを連れてお気に入りの避暑地・静岡県焼津へ旅行に行った際、東京に残っていたセツ宛に、ヘルンさん言葉で「スタシオン(stasion)ニ タクサン マツ ノ トキ アリマシタ ナイ ソノヨナ コドモ ニ ICE CREAM ヤル ムツカシ デシタ(汽車の出発時刻が迫っていたので、駅で子供にアイスクリームを買ってあげる時間がなかった)」という手紙を送りました。
『セツと八雲』によると、この手紙の「マツ ノ トキ」の部分が『ばけばけ』ヒロインの名前の由来だそうです。日本で教職をしながら毎晩遅くまで執筆活動をしていたハーンは、時間を大事にする人物だったそうで、それに由来するのか、凡さんの父(一雄の息子)も「時」と名付けられています。
また、『ばけばけ』チーフプロデューサーの橋爪國臣さんも、インタビューで小泉家にとって大事な「時」をヒロインの名前にしたと語っていました。トキが復籍すると「雨清水トキ(丑三つ時)」になるのは、脚本のふじきみつ彦さんほかスタッフで全体の筋を考えている時点からあったダジャレのアイデアで、逆算的に小泉に似ている「雨清水」という苗字が決まったそうです。
そして続く『ばけばけ』114話では、雨清水家に入籍するヘブンの日本名が決まると予告されています。「雨清水八雲」になるのか、もしくは少しひねった別の名前が付けられるのか、要注目です。
※高石あかりさんの「高」は正式には「はしごだか」
参考書籍:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮出版社)、『セツと八雲』(朝日新聞出版)
(マグミクス編集部)
