ファミコン時代の名作『FFII』『DQIV』、どっちが泣けた? 語り継がれる物語を振り返り
主人公と宿敵は、誰よりも近しいふたりだった!?

●『DQIV』のデスピサロに、憎しみ以外の感情が湧いたあの時
『DQIV』も大事な人の死を通して心を揺さぶりますが、その方向性は『FFII』とかなり異なっています。パーティメンバーの多くは誰かの死や悲しい出来事を経て、世界を救う戦いに身を投じました。その中でも特に顕著なのが、第5章の主人公です。
とある事情から両親がいない主人公は、村人や幼なじみの「シンシア」に囲まれて暮らしていました。しかし、「勇者」を抹殺しに来たデスピサロにより、村は壊滅。シンシアも主人公の身代わりとなって命を落としますが、その犠牲のおかげで主人公は命を永らえます。
主人公を通してこの体験を味わったプレイヤーは、当然デスピサロを憎み、敵討ちを誓ったことでしょう。しかしその純然なる怒りは、ある展開を経て、複雑なものへと変化します。
魔族のデスピサロは、もともと人間と敵対する立場にありました。ですが、それが決定的となったのは、彼にとって大切な人物「ロザリー」が人間に殺されたため。彼女の死をきっかけに人間の根絶やしを決め、恐るべき化け物となる道へと踏み出しました。
大事な誰かを踏みにじられた、怒りと悲しみ。あれほど憎かったデスピサロが、まさか同じ感情を抱いていたとは……当時のRPGはシンプルな勧善懲悪が多かったなか、主人公と敵を鏡合わせのように描写したシナリオ運びは秀逸の一言でした。
悲しいのか、苦しいのか、許したいのか、救われたいのか。……複雑に入り組んだ感情に名前はなく、ただ目から涙が流れ落ちたあの日。デスピサロは敵でありながら、もうひとりの自分でもありました。
命を通して、物語に深みを与えた『DQIV』と『FFII』。いずれも素晴らしい作品ですが、あなたにとってはどちらがより泣けた作品だったか、改めて思い出してみてはいかがでしょうか。
(臥待)




