ガンプラブームの裏にある「ロボットプラモ戦国時代」 意外な形で「時代を変えていた」?
子供たちがガンプラを求めた1980年代前半、ブームの裏側では他のメーカーによる熾烈な争いがありました。あまり語られていないガンプラブームを裏側からのぞくと、意外なことが見えてきたのです。
実はガンプラと並走していた『イデオン』

『機動戦士ガンダム』のヒットを受け、ロボットアニメブームがやってきました。その影響で1980年代は、さまざまなアニメ作品が生まれていきます。しかし影響はアニメ作品に限りませんでした。
アニメ以上にガンダムの影響を受けたのは、プラモデルの世界です。それはガンダムのプラモ、いわゆる「ガンプラ」の爆発的ヒットにより、どこのメーカーも後追いしたからでした。
しかし単なる後追いではなく、独自の方向性で並走したメーカーもあります。それが『ガンダム』の後継作品である『伝説巨神イデオン』(1980年)のプラモを販売した青島文化教材社、通称「アオシマ」です。
もともとアオシマは接着剤不要でプレイバリューも高い「合体ロボット」と呼ばれるシリーズで、子供向けロボットプラモでは他メーカーに先んじていました。近年では、この時期に販売されていたプラモをネタにする人もいますが、当時の子供たちの心をつかんでいたプラモだったと思います。
そして、おどろくべきことに『イデオン』のプラモはアニメ放送中、それもガンプラ第1号となる「1/144 ガンダム」とほぼ同時期に販売を開始しました。ともに1980年7月のことです。
しかし、この時の『イデオン』のプラモは前述した合体ロボットのブランドで発売されていたので、後のラインナップとは毛色がちょっと違うかもしれません。『イデオン』でガンプラのようにスケール表示されたプラモが発売されたのは放送終了後でした。
それは1981年2月以降のことです。ここから本格的に動き出した『イデオン』のプラモは、すべてのメカを300円サイズで統一するという方向で販売されます。これは『イデオン』に登場する「重機動メカ」のサイズがバラバラだったことが要因でした。しかし、後にファンの声を受けて、新たに1/600統一スケールでのシリーズがスタートします。
ちなみに、この時期のガンプラはラインナップ数もそれほどではなく、単純な数では『イデオン』とそれほど違いません。ただ、ガンプラブームはすでに始まっており、1980年末くらいから品薄状態が始まっていました。
こうした流れのなか、まず各模型メーカーからすでに販売していたロボットプラモを、ガンダム風な箱絵にして売り出すという流れが起きます。「東京マルイ」の「モビルフォース ガンガル」や、「株式会社有井製作所(アリイ)」の「太陽系戦隊 ガルダン」といった商品でした。
その後、各模型メーカーも新たな商品の開発、ブランドの確立に力を入れ始めます。やがてアリイの『超銀河伝説バイソン』(ザ★アニメージ)や、「今井科学株式会社(イマイ)」の「銀河の鷲 メガロ・ザマック」などが展開を始めました。
いわば、ロボットプラモ戦国時代へと突入するわけですが、ここに満を持して「打倒ガンプラ」を掲げるメーカーがプラモ界に参入します。




