本屋大賞の『イン・ザ・メガチャーチ』はなぜ刺さる? 【推しの子】と読み解く「信じる構造」の正体
2026年本屋大賞を受賞した朝井リョウの『イン・ザ・メガチャーチ』。宗教を題材にしながらも、現代社会そのものを映し出す作品です。社会現象となったマンガ『推しの子』と比較しながら、「人はなぜ何かを信じるのか」という問いに迫ります。
「なぜ人は信じずにいられないのか?」を問い、ベストセラーに

2026年4月9日(木)、朝井リョウ氏による小説『イン・ザ・メガチャーチ』が、全国の書店員が選ぶ「本屋大賞2026」を受賞しました。同作は、日本経済新聞出版から刊行された社会派エンタメ作品で、宗教と資本主義をテーマとしています。
物語は、地方都市に突如として誕生した巨大宗教施設「メガチャーチ」を舞台に展開します。この施設は礼拝の場であるだけでなく、配信設備やイベント機能を備えた「体験型空間」として設計されており、多くの人びとを惹きつけていきます。
主人公の久保田慶彦は、この施設への取材をきっかけに内部へと関わることになりますが、信者たちが口にする「救われた」という言葉と、その熱量に触れるうちに、自身の立ち位置が揺らいでいきます。
やがて物語は、信仰の正しさではなく、「なぜ人は信じずにいられないのか」という問いへと収束していきます。現代の熱狂的な「推し活」の背後にある構造を描き出し、「これは私のことだ」と、刺さる人が続出、現時点で17刷47万部のベストセラーとなっています。
ここで、同作との比較対象として取り上げたいマンガが『【推しの子】』(原作:赤坂アカ/作画:横槍メンゴ)です。芸能界を舞台にしたサスペンス要素の強い物語でありながら、「推す」という行為の本質を鋭く描いたことで、広く支持を集めました。
物語は、地方の医師が自らの「推し」であったアイドルの子どもとして転生するという、衝撃的な導入から始まります。
転生した主人公・アクアは、母を殺した犯人への復讐を誓い、芸能界へと足を踏み入れます。その過程で、アイドル、俳優、配信者といった多様な立場の人間が交錯し、「演じること」と「消費されること」の関係が浮き彫りになっていきます。
「信仰」と「推し」は同じ構造? そして「消費」の対象にも

『イン・ザ・メガチャーチ』の信者たちは、教義の正しさよりも、「ここにいれば救われる」という感覚に惹きつけられていきます。この構造は、『推しの子』におけるファン心理と非常によく似ています。
アイドルは商品でありながら、同時に「信仰対象」でもあります。ファンはその言葉や振る舞いに意味を見出し、現実以上の価値を与えます。そこには必ずしも合理性はありませんが、だからこそ関係は強固になります。
両作品に共通しているのは、人が何かに「帰属する」ことで安心を得るという構造です。信仰も推しも、突き詰めれば感情の居場所なのだと言えるでしょう。
『イン・ザ・メガチャーチ』が多くの読者に支持され、「本屋大賞」を受賞した理由のひとつは、先述の構造を極めて現代的に描き切った点にあるでしょう。
メガチャーチは宗教施設であると同時に、配信やイベントを通じて信仰を拡張する「メディア装置」として機能します。信仰は共有され、拡散されることで力を持ちますが、その過程で真実は歪み、やがて消費される物語へと変質していきます。
この構図は、『推しの子』が描く芸能界の構造と重なります。物語が広がるほどに影響力は増しますが、同時にコントロールは難しくなり、演じる側も受け取る側もその流れに巻き込まれていきます。
「救い」を否定しないという強さ
興味深いのは、『イン・ザ・メガチャーチ』が信仰そのものを否定しない点です。
人は孤独に耐えられない存在です。だからこそ何かを信じ、誰かを推します。その行為は、単純に切り捨てられるものではありません。
『推しの子』においても、登場人物たちは傷つきながらも、他者からの期待や視線に支えられて生きています。それは歪(いびつ)な関係でありながら、同時に確かな支えでもあります。
本作もまた、「たとえ虚構であっても、人は救われることがある」という現実を描いています。この視点があるからこそ、単なる批判ではなく、多くの読者の共感を呼んだのでしょう。
『イン・ザ・メガチャーチ』の受賞は、現代の読者が「何に共感しているのか」を示していると考えられます。宗教、芸能、SNSといった領域は一見異なるようでいて、いずれも「信じる」という行為によって成り立っています。そして私たちはすでに、その構造のなかで生きています。
本作を読むことで、多くの読者はそのことに気づかされるのでしょう。これは決して他人の物語ではなく、自分自身の問題であるということに。
本屋大賞を受賞した『イン・ザ・メガチャーチ』は、単なる大ヒット小説というだけではなく、「自分を見つめ直すための一冊」として長く記憶される作品になるでしょう。
(「細かすぎる」エンタメ研究所所長TSUYU(ASDさん))



