『魔女の宅急便』金ローで何度も見ても分からない「小ネタ」 エンディングには「別案」も…?
「4Kリマスター上映」で再び話題となっている『魔女の宅急便』には、何度鑑賞しても気づかない「裏話」がいくつか存在します。宮崎駿監督が当初思い描いていたラストシーンなど、長年のファンでも知らない意外な事実が……?
みんな忘れてる? キキの「両親の名前」

スタジオジブリ作品『魔女の宅急便』が、2026年5月8日の「金曜ロードショー」で放送されましたが、そこから間を置かずに、2026年6月19日(金)からの「4Kデジタルリマスター版」限定上映が発表されました。1989年の劇場公開から37年を経て、再び『魔女の宅急便』に注目が集まっています。
同作については、公開当時に見ていなくても、金曜ロードショーで「繰り返し見ている」人も多いでしょう。ところが同作には、何回見ても分からない「小ネタ」や「裏話」がいくつか存在します。
●作中では呼ばれない… キキの両親の名前
『魔女の宅急便』は、13歳の少女キキが両親のもとを離れ、「コリコの町」で一人前の魔女へと成長していく物語ですが、キキにとって大切な両親の名前は作中で呼ばれる場面がないため、あまり広く知られていません。
ふたりの名前は、映画のパンフレットや関連書籍などでは明らかにされています。父親は「オキノ」で、魔女や妖精などの伝統や民話を研究する民俗学者、母親は「コキリ」で、薬の調合を得意とする魔女であると紹介されています。
●原作者からの「たったひとつの要求」が意外すぎ?
『魔女の宅急便』は角野栄子先生による児童文学が原作です。宮崎駿監督による映画化が企画された際、角野先生からはひとつだけ「注文」があったといいます。
それは、「キキが飛び立つ時、鐘(かね)を鳴らしてほしい」というものです。完成した映画では、キキの旅立ちのシーンでいくつもの小さな鐘(作中では「鈴」と言われていましたが)がキキ自身によって鳴らされ、物語の始まりを印象づける演出がなされています。
●当初は「違ったラストシーン」が用意されていた?
飛行船に宙づりになったトンボを助けようと、キキが魔女の力を取り戻して再び空を飛ぶシーンは、ハラハラするようなクライマックスとして強い印象を残しています。しかし『魔女の宅急便』の企画当初は、まったく違ったラストシーンが想定されていたといいます。
初めは宮崎駿監督の「小品にしたい」という想いから、キキがウルスラと話して元気を取り戻すところで終わっていたというのです。
実際の映画では、キキがトンボを救って大衆の喝采を浴びた後、スタッフロールが流れるなかで登場人物たちとキキの「その後」が描かれ、最後にキキの手紙が両親のもとに届けられるというエンディングでした。
●「おちこんだりもしたけれど…」のコピーは、作中のセリフではない?
『魔女の宅急便』の公開当時、ポスターやTVのCMなど、あらゆる媒体で展開された「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」のキャッチコピーを覚えている人は多いでしょう。
コピーライターの糸井重里さんが手掛けたことでも有名なキャッチコピーで、『魔女の宅急便』のエンディングでキキが両親に宛てた手紙のなかでも記していた言葉……だと思っている人も多いと思いますが、実際は違います。
キキは「おちこむこともあるけれど、私はこの町が好きです。」と書いているのです。
ややこしいことに、公開当時に制作された、コリコの町の上空を飛ぶキキが描かれる第2弾ポスターの一部に、糸井重里さんのコピーではなく、作中のセリフ「…私はこの町が好きです」の方が載せられているバージョンもありました。これが、一部で混同が起きる原因になったのかもしれません。
(マグミクス編集部 アニメ担当)
※参考文献:『スタジオジブリ作品関連資料集 III』(徳間書店)


