実写『耳すま』で「雫が土下座」「カントリーロードも変更」になってた謎 それでも肯定したい理由
実写版『耳をすませば』は聖司の夢や主題歌の変更、大人の雫の土下座などが賛否を呼びましたが、物語上では納得できる理由もありました。
聖司がチェロ奏者になった理由も一理ある

2026年5月1日(金)の「金曜ロードショー」で、スタジオジブリのアニメ映画『耳をすませば』が地上波放送されました。その『耳をすませば』は、4年前に「実写版」が作られています。
その実写版では「月島雫(演:清野菜名)」と「天沢聖司(演:松坂桃李)」の10年後の大人時代がオリジナルで描かれており、アニメ版のアフターストーリーのように捉えることができる一方で、中学時代含めてアニメ版から少しずつ設定が異なることが賛否を呼んでいました。
たとえば聖司の夢がバイオリン職人ではなくチェロ奏者(柊あおいさんの原作マンガでは画家)になっていることや、主題歌が『カントリー・ロード』ではなく『翼をください』に変更されていることなどに違和感を覚える人が続出しています。また、「雫の土下座」に衝撃を受けた人が多かったようです。
それでも、筆者個人は「壁にぶつかる社会人を追った苦い青春恋愛ドラマ」としてちゃんとまとまっており、アニメ版からの設定の変更にも、衝撃の土下座にも、納得できる理由はあったと思えます。
※以下より実写版およびアニメ版『耳をすませば』の内容に触れています。
●松坂桃李がチェロを弾く姿は「画」になる
公開当時のインタビューを見ると、実写版の最初の脚本では、聖司の夢は原作マンガにならって画家志望だったそうです。しかし、平川雄一朗監督から聖司役の松坂桃李さんがチェロケースを背負い、イタリアの街並みを歩いていたらカッコいいのではないかという旨の提案があり、原作者の柊あおいさんからのOKをもらって変更したといいます。そこには絵を描くことよりも、音楽の方が映像では伝わりやすいという意向もあったようです。
確かに、松坂さんが街を歩く姿だけでなく、チェロを弾く姿そのものが画になっていると思えましたし、物語上でも「完璧主義者」と評される聖司の演奏と仲間とのコミュニケーションは、後述する編集者の仕事も作家の夢もうまくいかない雫との「対比」として上手く機能していたと思います。
●「厳しい現実」を相対的に浮き上がらせる『翼をください』
実写版を手がけた西麻美プロデューサーは「カントリー・ロード」はジブリオリジナルの物語があったからこそ意味があった楽曲だと考えたそうで、平川監督と話し合ったうえで、合唱コンクールの定番曲と歌詞の内容の本編のマッチという観点で、主題歌を『翼をください』にしたそうです。
実写版では冒頭から、大人の雫がアニメ版のラストと同じような丘でいきなり『翼をください』の独唱を始めるため、その時点では困惑してしまうかもしれません。しかし、その後に語られる「子供の頃から持ち続けている夢」の物語を追ってみると、その歌詞は物語に確かにリンクしていると思えました。さらに、楽曲のポジティブで希望に満ちているような印象が、相対的に「厳しい現実」を浮き上がらせる効果も生んでいたと考えられます。
●「迷走」が極に達したのが「土下座」である
実写版での雫は編集者として働きながら作家になる夢を追い続けているのですが、実写版オリジナルのキャラクターである児童書の作家「園村真琴(演:田中圭)」の作品に自分の正直な意見を言えずにいたために、担当を辞めさせられてしまいます。
そして、雫は真琴へ謝罪し、「先日は不適切な対応をしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。もう一度先生の担当につかせていただけないでしょうか」と、その場で土下座をするのです。その時の真琴の「やめてください」という声のトーンは切実そのもので、彼と同様に引いてしまった観客もいるでしょう。
上記の場面の直前にイタリアへ行って聖司と一方的に別れようとしたこともそうですが、雫は作家という夢どころか現状にどう向き合えばいいのかさえ分からなくなっている、いわば「迷走」している状態です。その迷走が極に達したのが、このやり過ぎともいえる土下座だったのでしょう。
そして、土下座したからと言って安易に雫が担当には戻らないですし、真琴が雫を「本来は率直な感想が言える人」と肯定するのも、誠実な姿勢であると思えました。土下座を含めて、実写版の雫は社会人として成長し切れておらず、だからこそまだ「これから」の可能性や未来へ希望が持てる、という人物造形になっているのではないでしょうか。
●中学生時代の「実写ならでは」の魅力も
「アニメ版から聖司の夢を変えないでほしかった」「『耳をすませば』といえば『カントリー・ロード』なのにそれをやめるなんておかしい」「どんな理由であれ大人の雫の土下座なんて見たくなかった」という意見もまた正当なものですが、やはり筆者個人としては実写版での設定の変更も、土下座にもちゃんと意味があると思えました。
また、アニメ版で描かれていた中学生時代のふたりのみずみずしい出来事が、実写だからこそ良い意味で「ちょっと痛い」「生々しい」「だけど愛らしく」見えることも注目ポイントで、そこにこそアニメ版へのリスペクトを大いに感じることができました。ぜひ今後、過剰に忌避感を持つことなく、実写版『耳をすませば』も楽しんで欲しいです。
(ヒナタカ)

