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『耳をすませば』と同時上映で衝撃も…ジブリ異色作『On Your Mark』が今も特別な理由

『耳をすませば』と同時上映された宮崎駿監督の短編『On Your Mark』は、わずか6分48秒ながら強烈な印象を残した異色作です。なぜ今も特別な作品として語られるのでしょうか。

「位置について」は、夢を始める合図ではなかった

『耳をすませば』と同時上映で1995年7月15日に公開された『On Your Mark』のひとコマ (C)1995 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli
『耳をすませば』と同時上映で1995年7月15日に公開された『On Your Mark』のひとコマ (C)1995 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli

 2026年5月1日の「金曜ロードショー」では、スタジオジブリの名作『耳をすませば』が放送されました。本作は1995年の公開当時、宮崎駿監督による短編アニメ『On Your Mark』と同時上映されています。

 劇場ではあの甘酸っぱい青春映画の前に、銃撃戦と翼の少女が登場する異色の短編が流れていたのです。そのギャップにギョッとした方も多いのではないでしょうか。今なお特別視される『On Your Mark』の魅力について考えてみます。

●異様なまでに濃密な世界

『On Your Mark』はCHAGE and ASKAの同名楽曲のために制作された、わずか6分48秒のミュージックビデオです。セリフは一切なく、映像と音楽だけで物語が進みます。

 怪しげな教団施設への襲撃、激しい銃撃戦、そこで保護される翼のある少女、そして彼女を空へ解き放とうとするCHAGEとASKAらしきふたり組――地上へ落ちていく場面が何度も繰り返される一方で、最後には空へ向かうような感覚も残されます。

 本作は、激しい銃撃戦の生々しさと翼の少女をめぐる祈りにも似た感情が、危ういバランスで同居しており、短編でありながら非常に深い余韻を残します。宮崎駿監督がそれまでの作品にはないほど容赦のない演出をした点や、一切の設定が語られない点も、ファンの想像力を大いに刺激しました。

 こうした余白の多さから、ファンのあいだではさまざまな解釈が語られてきました。ふたり組は少女を逃がしたあとに命を落としたのではないか、解放された少女も汚染された世界では生きていけないのではないか、さらには『風の谷のナウシカ』の前日譚ではないか、といった説まであります。

●「On Your Mark」って、どういう意味?

 そもそも「On Your Mark」とは、日本語でいえば「位置について」や「準備はいいか」という意味です。徒競走のスタート前の呼びかけとして知られる言葉ですが、楽曲のなかではもっと叙情的な響きがあります。

「位置について、さあ走り出せ」と夢へ向かう若者を励ます歌に思えるものの、歌詞をよく読むと、そこには現実の困難さが見て取れます。ふたり組が少女を救い出そうとして何度も失敗するリフレインの演出には、夢に向かう者が失敗しつづけても繰り返しスタートラインに立ち、位置について(On Your Mark)走り出す、泥臭い努力の姿が反映されているようです。

●『耳をすませば』の先にある風景

『耳をすませば』で描かれるのは、これから夢に向かって走り出す若いふたりの物語です。大人になって見返すと、そのまぶしさが少しこそばゆく感じられるほど、まっすぐな青春がそこにはあります。

 それに対して『On Your Mark』は、すでに夢へ向かって走り始めたあとの物語に見えます。現実の壁にぶつかるたびに、何度でも走り出すのです。作中で描かれた汚染された世界や地下の大都市は、夢を追う者が直面する現実の重さを反映しているようです。

 若さゆえの希望に満ちた『耳をすませば』に対し『On Your Mark』には、希望を失わないまま現実の厳しさを見つめる視線があるのです。

 初公開から約30年が経過した今、リアルタイムで本作を視聴した人のなかには、『耳をすませば』よりも『On Your Mark』にシンパシーを感じるようになった方も多いのではないでしょうか。

 まったく異なる印象を持つ2作品の同時上映は、単にちぐはぐだったのではなく、理想をめぐる対比として意図された組み合わせだったのかもしれません。夢へ踏み出す瞬間の高揚と、夢を追い続ける日常の困難。その両方を並べて見せたからこそ、『On Your Mark』は短編ながら、今も特別な作品として記憶されているのではないでしょうか。

(レトロ@長谷部 耕平)

【どう見てもディストピアです】『ON Your Mark』の「しれっと不穏」なシーン(6枚)

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レトロ@長谷部 耕平

雑食ライター 
小説・映画・マンガ・アニメ・ゲームなど面白ければ何でも摂取。気がついたら趣味まで仕事にしていた系のライター。チャンネル登録者4万人超えのYouTuberとしての顔も併せ持つ。エンタメ系から超がつくほど真面目なビジネス領域まで幅広く対応する雑食系。

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