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西南戦争がなかったら『鬼滅の刃』は生まれなかった? 鬼殺隊と抜刀隊の不思議な繫がり

「明治政府軍VS西郷隆盛軍」は“鬼との闘い”だった?

明治政府軍から恐れられた“鬼のリーダー、西郷隆盛の銅像(画像:写真AC)
明治政府軍から恐れられた“鬼のリーダー、西郷隆盛の銅像(画像:写真AC)

 田原坂の戦いは激戦に次ぐ激戦で、当時の新聞で大きく報じられて話題になりました。また後年、海音寺潮五郎や司馬遼太郎も歴史小説の中で大きく取り上げており、日本テレビが年末大型時代劇スペシャル『田原坂』(1987年)を放送しています。トム・クルーズ主演のアメリカ映画『ラスト サムライ』(2003年)も、この戦いを参考にしているのです。

 ところで、著名な民俗学者によると、「鬼」のひとつの解釈として「古代において大和朝廷などの体制に従わない人びと」と指摘しています。ということは、西南戦争における政府軍から見れば、西郷軍は「鬼」となるのです。つまり、元薩摩藩士や旧幕臣たちが“鬼に変貌した元薩摩藩士”を退治しに行ったともいえます。そして、旧幕臣のなかには、かつての戊辰戦争で官軍(薩摩藩士)に肉親を殺されている者もいたかもしれません。

 そんな抜刀隊の活躍などもあり、政府軍は田原坂を奪取します。しかし抜刀隊の被害も大きく、ほぼ全滅した分隊もあったといいます。政府は6万の兵力を導入し、8か月近い歳月を費やしてこの内乱を鎮圧しました。

抜刀隊によって守られた日本刀文化と剣術

 抜刀隊の活躍はその後、大きなトレンドを生みます。西南戦争に先立つ1876年(明治9年)の廃刀令により、日本刀の需要はほとんどなくなり、刀造りに携わっていた職人たちが失業の憂き目にあいました。しかも、日本の軍隊は欧米列強を参考にしたため、軍刀も西洋風のサーベルを導入していたのです。

 しかし、翌年に起きた西南戦争での抜刀隊の活躍によって、日本刀が再評価されました。これ以降、軍刀として日本刀を使うケースが増え、日本刀文化が生き残ったのです。

 さらに剣術も注目され、警察を中心に導入、元幕臣や元新選組の剣客が採用されました。これにより、警察剣道が確立されたのです。現在も警察は日本剣道界の最大勢力になっています。

 もし抜刀隊の活躍がなかったら、日本刀文化や剣術は廃れていたかもしれません。ということは、大げさにいえば『鬼滅の刃』も『刀剣乱舞』も生まれていなかったかもしれないのです。ちなみに、太平洋戦争後、日本刀文化は再び存続の危機に直面しますが、日本側の強い働きかけにより、GHQに「美術品」として認められ、刀造りの伝統は現在まで受け継がれています。

(久津志雪広)

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