「刀鍛冶の里編」の間、伊之助と善逸は何してた? 「遊郭編」の反省と修行か?
善逸と伊之助の「遊郭編」での反省と成長
●「連携プレー」に磨きをかけている!?

「遊郭編」では、音柱・宇髄天元と炭治郎、善逸、伊之助は、上弦の陸・妓夫太郎(ぎゅうたろう)と堕姫(だき)の2体の鬼を相手に戦い、ボロボロになりながら倒しました。炭治郎はもとより、善逸と伊之助も戦いのなかで多くのことを学び、そして反省したことでしょう。
妓夫太郎の登場以降、妹・堕姫と戦ったのは、主に善逸と伊之助でした。しかし当初の彼らの戦いぶりは、それぞれ頑張って戦ってはいるけれど、「協調性」や「協力性」「共同性」を発揮できているとは言い難い状態で、妓夫太郎からも、「おまえらの動きは統制がとれてねえ」と言われています。
戦いが進むなかで、善逸が伊之助を驚かせるほどの冴えた指示出しをしたり、伊之助の突撃を炭治郎と善逸がフォローしたりと次第に連携が取れるようになり、最後には、善逸と伊之助が力を合わせて堕姫の頸を斬ることができました。しかしそれはまだまだ、先を読んでできた協力や連携がもたらした勝利とは言いがたく、それぞれが持っている力を出し切った結果がたまたま勝利につながったと言えるものです。
この「遊郭編」での戦いで、連携の大切さを一番感じたのは伊之助ではないでしょうか。それまでは「野生の勘」を頼りに生き、戦ってきた彼ですが、「無限列車編」で炎柱・煉獄杏寿郎の死をきっかけに大きく成長し、「遊郭編」においても「何のために修行してきたんだ!!」と、思いをにじませるシーンがあります。
そんな伊之助は、炭治郎が刀鍛冶の里に行っている間に「連携プレー」の修行をしているのではないでしょうか。善逸はもちろん、少し人当りのよくなった栗花落カナヲにも相手になってもらっていたかもしれません。また、人見知りや遠慮を知らない伊之助は、村田さんや、ケガ療養中の音柱・宇髄天元、3人の妻たちの胸も借りたかもしれません。
そして、そんな連係プレーの修行が終盤の「無限城」での戦いで、栗花落カナヲとともに上弦の弐・童磨(どうま)を相手にしたときに生かされたのでしょう。さらに、善逸、伊之助、カナヲの連係プレーによって、一瞬とはいえ鬼の始祖・鬼舞辻無惨がたじろぐシーンは同期のパワーを見せ付けてくれる痛快シーンです。
●精神力を向上させている!?
「遊郭編」の戦いはぐっすり眠ったまま戦っていた善逸は、いつもの臆病さやパニックは影をひそめ、的確な判断で的確な指示を飛ばし、伊之助を驚かせるほどでした。しかし、「眠っていれば強い」というのは、素直に喜べるような誉め言葉ではありません……。善逸自身も戦いが終わって我に返れば、そんな「眠っていれば強い」と言われるのを残念に思ったかもしれません。
善逸は臆病者ですし、怖いことや面倒なことからは逃げようとするし、ギャーギャーとうるさくもありますが、一途で仲間思いなところもある「愛されキャラ」です。そして、実は努力を厭わないまじめな一面も持ち合わせています。「雷の呼吸」の6つの型のうち、「壱ノ型 霹靂一閃」しか会得できなかったのも、けっして怠けていたわけではありません。育手である元鳴柱・桑島慈悟郎の期待に応えたいと、寝ずに修業して頑張っていた努力の人でもあるのです。
そんな善逸ですから、きっと「眠っていれば強い」から「起きていても強い」に成長すべく、人知れず努力したにちがいありません。だからこそ、無限城では元兄弟子であり、その後鬼側につき上弦の陸となった獪岳(かいがく)との一戦では、しっかりと覚醒したまま戦い、倒すことができたのでしょう。獪岳が従来の上弦の実力より劣っていた可能性も高いですが、単体で上弦の鬼を倒したのは、天才剣士と呼ばれた霞柱・時透無一郎(上弦の伍・玉壺)と善逸だけです。
炭治郎が刀鍛冶の里に行っている間だけでなく、制作が決定している「柱稽古編」では、伊之助も善逸も(かなり嫌がっていましたが)地獄のような特訓を経て、着実に成長を遂げています。彼らの努力の成果が実を結ぶ「最終決戦」のアニメ化が待ち切れません。
※禰豆子の「禰」は「ネ」+「爾」が正しい表記
※煉獄の「煉」は「火+東」が正しい表記
(山田晃子)

