えっ、死亡エンド? アニメ『鉄腕アトム』最終回はなぜあんなことになっていたのか
手塚治虫が嫌っていた『鉄腕アトム』

国民的な人気者であるアトムの「死」は大きな反響を巻き起こし、TV局には続行を願う投書が殺到したそうです。
一方、手塚治虫先生自身は、アニメ化された『鉄腕アトム』に不満を抱いていました。人間性を忘れて進歩し続ける科学文明への疑問や警告を意図して原作を描いたのに、アニメは科学文明礼賛の勧善懲悪的なストーリーになっていたからです。原作では悩み、葛藤することの多かったアトムの性格も、品行方正で責任感の強いものに変わっていました。
最終回のストーリーは、アニメ化されたアトムの性格に沿いながら、原作者自らアトムを葬ったものと解釈することができます。これが、アトムが「特攻」した本当の理由ではないでしょうか。
その後、手塚治虫先生はアニメ『鉄腕アトム』の後日譚を何作か描きますが、いずれもアトムはほとんど活躍することなく破壊されてしまいました。なかには、太陽に消えたアトムの代わりに作ったアトム二世が「女千人斬り」をした挙げ句、アトムを大量生産して大儲けし、女性を100人も囲っていたところを逮捕される『アトム二世』(1975年)というパロディーマンガ作品まであります。
この頃、手塚治虫は明らかにアトムを嫌いになっていたように感じます。もしくは、アトムのパブリックイメージを意図的に壊そうとしていたのかもしれません。
●リメイク版『鉄腕アトム』の最終回
手塚治虫の念願だった『鉄腕アトム』のリメイクが実現したのは1980年のことでした。『ブラック・ジャック』(1973年)のヒットでマンガ家として復活を果たし、総指揮を務めた『24時間テレビ』で放送された世界初の2時間アニメ『100万年地球の旅 バンダーブック』(1978年)が成功を収めたため、『鉄腕アトム』のリメイクでもイニシアチブを握ることができたのです。脚本、絵コンテ、演出、原画などで参加し、最終回「アトムの初恋」でも脚本を務めました。
「アトムの初恋」は、実写で手塚治虫が登場し、アトムの足が実は女の子のものだと明かすところから始まります。
アトムの試作品の設計図から誕生した少女型ロボット「ニョーカ」が登場し、アトムと心を通わせます。しかし、ニョーカの体内には中性子爆弾がセットされていました。グロッタ共和国の「リンドルフ博士」は、中性子爆弾が内蔵されたロボットの量産を企んでいたのです。
途中、リンドルフ博士に囚われたアトムがロケットに閉じ込められて太陽に突入させられそうになる展開は、第1作の最終回を踏襲しています。第1作のアトムも誰かに「特攻」させられたのではないかと手塚治虫先生は考えていたのかもしれません。ニョーカは宇宙空間までアトムを助けに行き、アトムがリンドルフ博士の野望を阻止しました。
しかし、リンドルフ博士によってニョーカの中性子爆弾の起爆スイッチが入れられてしまいます。アトムはリンドルフ博士に起動の解除を頼みますが、唯一の手段はニョーカの上半身を解体することでした。アトムと全裸のニョーカは手を握り合い、お互いに好意を告白しますが、ニョーカは足を残して完全にバラバラになってしまいました。アトムはお茶の水博士にニョーカの足を自分の足につけるよう懇願します。
ラストでアトムは視聴者に向かって足の秘密を告白すると、別れを告げて空高く飛び上がっていきました。軍備に血まなこになる人間の愚かさと、ロボットの心を描いた好編だったと思います。
なお、手塚治虫先生の死後に制作された『アストロボーイ・鉄腕アトム』(2003年)の最終回「最後の対決」は、アトムと諸悪の根源「天馬博士」との対決と和解を描いたものでした。
ほかにも『鉄腕アトム』にはさまざまな映像作品があり、それぞれに最終回があります。原作者である手塚治虫先生の思いを踏まえた上で、見比べてみるのも面白いでしょう。
(大山くまお)



