セイラ失禁にアムロと肉体関係…『ガンダム』小説版で描かれた「人間くささ」の真髄
性的な描写に込められた、人間の変わらなさ

そういう生々しい描写のなかで、アムロやセイラの性的な描写もあるのが本作の特徴です。戦場において、女性とは手ひどく扱われることが多い立場と言えます。軍隊は男社会ですし、それを裏付けるかのような蔑視を含んだセリフも作中に登場します。
「ガンダム、ガンキャノンの時はなあ、操縦はコア・ファイター以上にデリケートなんだ。女を抱く時以上にだ・・・・・! フン! 今次対戦で人間は少なくなっちまっているし、手前ら、本当に女を抱くことを知らねぇ連中には、ジオンを叩いてジオンの女を抱く以外に、残された道はないんだ! ここんところをよく覚えておけ!」(1巻、P23)
戦争に勝利した側には、女性を好きにできる権利があると言っているかのような発言ですが(これはラルフ中尉というアムロたちの上官のセリフ)、セイラや「ミライ・ヤシマ」といった女性キャラクターは、こういう女性蔑視的な発言をする人がいる場所で働いているわけです。性暴力が常にある戦場のリアルとはこういうものなのでしょう。
しかし、そういう間違いを犯さないために軍には厳しい規律もまたあります。実際、小説のなかには軍隊内での男女の性的接触は規律違反であることがほのめかされているのですが、運用としては「本音と建て前」があることも描写されているのが、面白いところです。
「アムロの個室に金髪さん(筆者注:セイラのこと)がいることは軍規違反である。だが、日常的な慣習として罰せられることはまずなかった。三十パーセントの女性軍人がいる現在、最低限の規範さえ守れば同衾は許されている。実践中でないこと。就寝時と起床時に指定のベッドにいること。個室であること。予備役でないこと。以上の五か条を守れば処罰されることはなかった。だから宿舎によっては就寝十分後に人の出入りが行われる」(2巻、P140)
軍人とはいっても、生身の存在であるわけですから、軍の規律は重要と認めつつも現実に即した柔軟な運用をしているようです。
アムロもまた、こうした性衝動を持つごく普通の少年として描かれています。彼はニュータイプではありますが、こうした経験が豊富なわけではなく、「青二才」であることを自覚しています。この性的シーンは、そんなアムロにとっての背伸びをしている描写と言えるでしょう。
一方、セイラの方は、兄であるシャアへの思いを抱えていることをアムロに打ち明ける流れでこのシーンに続いていくように、兄への満たされない心の穴を埋めるような意味合いでアムロの誘いに乗っていると思えます。ある意味で、アムロは兄の身代わり、あるいは代用と言えるでしょうか。
それ自体は男女の間にはよくあることかもしれません。しかし、本作が高次の存在であるニュータイプを描き、宇宙に進出する未来のことを描いていることを考えると、こうした描写の重要性が浮かび上がります。どれだけ人間が進化しても、その営みや葛藤はいまと変わらないということが強調されます。
また、このシーンの存在によって、アムロという少年の年相応の取るに足らない部分も強調されています。以下の描写に、セイラと一夜をともにした後のアムロの心情が描かれています。
「この男と女のあいまいさがいけないのだと・・・・・。セイラの本当の思いは、兄を自分に向けさせたいという願望でしかないのだろう。それを忘れさせるためには、ニュータイプである必要はないのだ。セイラという女をとりこんでしまえる男であればいいのだ。しかし、今のアムロはまだそれだけの分別があるとは思えなかった。<中略>また、力が足らぬのだ。俺は、男ではない、やわなところがある少年なのだ、と」(2巻、P150)
こうした描写で、早く大人になりたいけどなり切れないアムロの姿が見えてきます。TVアニメ版よりも人間くさく描かれていると言えるでしょう。
ちなみに、最後にアムロは死んでしまい、その時、セイラが失禁したという描写も本小説版にはあります。なぜ、このような描写があるのか、判然としませんが、焼け死んだら炭になり、食べれば排泄もする当たり前の人間の姿を描こうとしているのかもしれません。しかし、そういう描写を女性キャラクターに仮託して描くことの是非を考える必要もあるかもしれないと思えます。
そのような場面もありつつ、総じて人間の営みをリアルに描くという点で、小説版はTVアニメ版よりもリアルと言えます。結果として、TVアニメ版以上に人間くさい物語になっていると言えるでしょう。
第1巻のあとがきを書いている大徳哲雄氏の言葉が的確です。
「『機動戦士ガンダム』の最大の魅力は、やはりこの作品の“人間味”である、と。僕は思う。かつてこれほど僕らと同次元のレベルで、よく言えば人肌のぬくもりが下世話に言えば人間くささに満ち溢れた作品があっただろうか」(P290、1巻)
この言葉が非常によく似合うのが小説版『機動戦士ガンダム』です。観念的な概念よりも人間くさい部分が全面に出る内容で、TVアニメとは異なる魅力の内容に仕上がっています。結末も展開もTVアニメ版とは異なるものですが、別の物語としての魅力があるのです。
(杉本穂高)



