「壊れた人間」が主人公…『ガンダム 閃光のハサウェイ』が描く「戦争は人を壊す」という残酷な真実
主人公の最初の行動は「死体の片付け」

そんな世界で生きるハサウェイを、本作の村瀬修功監督はアフレコに際して「自分ではまともだと思っているけれど、実際には壊れている」人間だと説明したそうです(GUNDAM.iINFO「独占ロングインタビュー!『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』村瀬修功監督“壊れている”ハサウェイと“わからない”ギギ」)。
どうして壊れているのか。それはおそらくハサウェイの少年時代の経験が背景にあると思われます。『逆襲のシャア』において、少年だったハサウェイは、初めてモビルスーツに乗り込み戦場を経験するのですが、そこで初恋相手の少女「クェス・パラヤ」の死を目撃してしまうのです。
その死に責任を感じているのか、原作小説においてはクェスのことを夢で見てうなされるシーンがあるなど(小説版は劇場アニメ版とやや設定が異なる可能性あり)、トラウマとなっていることが伺えます。うつ病が続いていたという一文もあるくらいで、彼にとってクェスの死は人生を決定づけてしまう重大な出来事だったと推察できます。
映画では、そんなハサウェイの壊れていることを表現するために細部に渡りこだわった描写がなされています。作品公式はその一例としてハサウェイのサインの仕方を紹介しています。カリグラファーの三戸美奈子氏の秀逸なデザインです(https://x.com/gundam_hathaway/status/1415959397587554307)。
その他、冒頭で死体の片づけに自ら名乗り出るなど、さまざまな点で普通ではない行動を取ります。一見、冷静に見えますが、壊れていることに気が付くと、むしろどんな時でも冷静過ぎるようにも見えてきて、人としての感情がどこか失われているのかもしれないと思えるような面があるのです。
●戦争は人を壊す
なぜ本作は壊れた人物を主人公に据えるのでしょうか。それはひとえに「戦争が人を壊す」からではないかと思います。
ハサウェイは民間人だった時にモビルスーツに搭乗し、戦場で多くの人の死を見てしまいます。これだけで人が壊れるには充分な理由です。
本作はそんな戦場を体験した彼自身が新たな戦場を生み出していることが描かれるのです。『閃光のハサウェイ』は軍人だけでなく民間人の犠牲も描かれています。ハサウェイが偽装のために自分のホテルを攻撃させた時も街に大きな被害が出ています。ハサウェイ自身、そういう自分のあり方に矛盾は感じながらも自分の主義を達成するために行動しています。
本作の劇場アニメ1作目は、そんな戦場の怖さをリアルな描写で描こうと試みています。モビルスーツが街に襲いかかる様子を、地面で逃げ惑うハサウェイたちの視点で見せることにこだわり、巨大なモビルスーツがいかに恐ろしい存在なのかを執拗に描写しています。これが民間人から見た宇宙世紀の戦争なのかと納得させるような描写なのです。
本作は、戦争は恐ろしいものだとはっきり描いています。本作の劇場アニメ1作目のユニークなポイントは、主人公がモビルスーツに乗って戦うシーンよりも、生身でハイジャック犯を制圧して死体を片づけたり、街中で襲い掛かるモビルスーツから逃げ回ったりする描写がハイライトになっているところです。この方が戦場の怖さがよりリアルに感じられ、こんな状況に身を置いていれば、心が壊れるのも無理もないかもしれないと、映像で納得させる力があるのです。
●千年先を考えてしまうハサウェイ
戦争に巻き込まれなければ、ハサウェイは真面目な青年として生きていけたでしょう。しかし、真面目過ぎて戦争をやめられない人類のことを考え過ぎてしまい、壊れていったのだと思います。
本作の小説には普通の人々とはどういうものかという描写があるのが印象的です。タクシー運転手との会話のなかで、それはハサウェイにとっては驚きだという描写がなされているのです。
「ハハハ……そうだねぇ。でも、マフティーは、千年先の地球のことをいっているようだけど、それでは、駄目なのかな?」
「ケヘヘヘッ……暇なんだね? その人さ? 暮しって、そんな先、考えている暇はないやね」
「暇……?」
その日常的な言葉は、ハサウェイには、衝撃的といえるものだった。たしかに暮しがキュウキュウしていれば、明日のことを考えるのが精一杯というのが庶民であろう。 それを教義や主義を達成するために、と考えた時から、人は、狭視的になる事実は、認めないではない。(『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ(上)』富野由悠季著、角川スニーカー文庫、P114~P115)
ハサウェイは、自分の明日の生活よりも人類の千年先を考えてしまうような人なのです。真面目過ぎるがゆえに、戦争を目の当たりにして、このままではいけないと真摯に考えた結果が「壊れた」ということなのでしょう。
戦争や世の中の腐敗を真面目に考えれば考えるほど、人は壊れていくのかもしれません。そんな人間社会の厳しさや理不尽さを描くために、『閃光のハサウェイ』は壊れた主人公を描くのではないでしょうか。
(杉本穂高)