楳図かずおの『赤んぼ少女』 いま読み返すと分かる「いじめ」の正体とタマミの哀しみ
壮絶ないじめの裏に隠された異形の哀しみ

赤んぼ少女タマミの葉子へのいじめは、いじめを通り越し、命を脅かすほどのものでした。火のついた石油ランプを頭に乗せて歩くように命じたり(しかもタマミをおんぶさせて)、ギロチンで葉子の腕を切断しようとしたり。さらには葉子の味方でありタマミをうとんじる父親を、甲冑の中に閉じ込めて殺そうとさえするのです。
ページをめくる子供たちにとってタマミは、ただひたすらに執念深く恐ろしく、なんとか葉子がタマミから逃れてほしいと念じたものでした。
けれども大人になってこの物語を読み返すと、タマミの哀しみが、ひしひしと伝わってきます。
夜中にひとり、タマミは化粧台にむかって口紅をつけてみるのですが、鏡の中に写っているのは化粧をしても醜い自分の姿だけ。思わず落ちるひとしずくの涙が、美しさに憧れても叶えられないタマミの乙女心を映していて、胸がしめつけられます。
さらに、いじめの限りを尽くしたタマミは、葉子にこんな言葉を放つのです。
「おまえはわたしがいじめてばかりいたと思っていただろうけど、ほんとうはおまえがわたしをいじめていたのよ」
葉子が家に来るまでは、醜い自分の姿がみじめではあったけれど、それなりに幸せだった。なのに、葉子が家に戻ってからというもの、美しさを見せつけられてただただ、つらかったのだと。それまで邪悪なだけの存在だったタマミは、実は、“美しさ”という絶対的な力に虐げられた弱者だったのです。
作者の楳図かずお氏は『赤んぼ少女』について「お化けの立場に立って物語を見ていった最初の作品」だと語っていますが、たしかにこの作品の本当の主人公は、〈哀しみを抱えた異形のもの〉タマミだったのかもしれません。
(古屋啓子)