『この世界の片隅に』の舞台、呉市には何がある? バスが登れない坂道、昔も今も
『この世界の片隅に』でも描かれた「バスが登れない坂道」は健在?

そして駅に戻ると、今度は「すずさん」仕様のバスが入ってきました。このバスに乗って、「この世界の片隅に」ゆかりのさまざまな場所に行ってみましょう。
1944(昭和19)年2月、すずさんは実家である浦野家の人びととともにバスの終点・辰川に到着、夫となる北條周作の叔母・小林さんに出迎えられます。
バスは山の中腹の住宅街へ向けて一直線に急坂を登り、終点手前でカーブを描いて、狭い道路脇にピタリと停車。駐車スペースが極めて狭く、車体と民家の塀の距離はわずか20センチほど。バスを降りた後、お客さんはバスの後ろ側にしか移動できません。
バスを降りて振り向くと、約600mの距離で40mもの高低差をクリアするほどの急坂が見えます。作中では、坂道のラスト300mで勾配は厳しさを増すこともあり、浦野家の一行はバスから降ろされ、歩いて坂道を登る羽目に。小林さんが「やっぱり木炭バスは上がって来られませんでしたか」とこぼしたことからも、バスの運転打ち切りは毎度のことだったのでしょう。

現在ではディーゼルエンジンを搭載した車両が運用に就いており、これなら急な坂道で止まることはない! ……と思いきや、今でも冬場には道路の凍結で登れなくなり、近場でUターンして引き返すことがあるのだとか。
なおこの路線は呉市内でもトップクラスに利用率が高く、2012(平成24)年に呉市交通局から広電バスに引き継がれた17路線のうち、唯一安定して黒字を弾き出していたのがこの路線です。この路線の単独区間はラスト600mのみではあるものの、「整理対象」にはならなさそうです。
他にも呉市内には厳しい坂が多く、北條円太郎(周作の父)の勤め先があった広地区へも厳しい峠越え(原作マンガ27話で登場)を余儀なくされていました。
「呉市交通局発達史」などによると、海軍へのガソリンの優先供給のためにバスの木炭動力化が積極的に行われ、保有台数32台中27台が非力な木炭バス。路面電車(呉市電。1967年廃止)も少々の不具合は放置されていたとのこと。実家の浦野家で広島市内の電車・バスを見てきたすずさんも、驚いたもしれません。
なお戦後も交通状況は長らく改善されず、しがみついて電車に乗った客が対向車線のトラックと接触して即死するという事故も起きています。
そして辰川バス停から徒歩数分の場所に、作中で北條家として描かれた民家の跡「すずさん家(かた)」がありますが、今は来訪を推奨されていないので、ここでは説明を省きます。











