子供の頃に見た『対馬丸 さようなら沖縄』 戦争描写は「トラウマ級」、同年代の子供たちが次々と海へ
誰もがあっけなく死んでいく
激しい衝撃とともに非常ベルが鳴り響き、魚雷によって船体に空いた大穴からは、海水が流れ込み始めました。宮里先生は「起きろ!起きるんだ!」と叫んで子供たちを叩き起こしますが、事態は急速に悪化していたのです。
はしごを上って甲板にあがろうとした子供たちを爆発が襲い、子供たちは悲鳴をあげながら次々と落下し、命を落としました。
船員たちはボートや筏(いかだ)を下ろし、怯えて動けない子供たちを救うために、次々と海へ投げ込み続けたのです。
海水に呑まれた溺死者が船内を漂うなか、清はパニックを起こし、船内へと戻ろうとします。勇は清を追いかけようとしますが、さらなる爆発の衝撃で吹き飛ばされ、頭を打って死んでしまいました。
なんとか甲板に戻った清は健治とともに死んだ勇の名を叫びながら海へと飛び込み、かろうじて筏へと這い上がり、健治に呼びかけますが、応えはありませんでした。健治は着水の衝撃で既に息絶えていたのです。
他の生存者と合流した清でしたが、彼らを待っていたのは水も食料も無い状態での漂流生活でした。容赦なく照りつける日差しの下で、生存者たちは見る見るうちに衰弱していきます。赤ん坊が死に、海に落ちた老婆がサメの餌食となる生き地獄。しかしかろうじて清は耐えぬき、運よく救助され生還を果たしたのです。
沖縄の家に戻った清でしたが、憲兵から対馬丸沈没について話すのはスパイ行為だと脅されており、母親に友だちはどうなったのかと訊かれても答えようとはしませんでした。
そして1か月後、沖縄は大空襲を受け清の父親が死亡。母親とともに逃げ出した清は、燃え上がる那覇の街を見ながら、絞り出すような声で対馬丸が沈んだことを母親に伝えたのでした。
エンドロールでは、実際の対馬丸事件で亡くなった児童の名前が延々と流れ続け、このアニメの中の出来事が、現実だったことを思い知らされます。この戦慄の光景をいま学校で見せたとしたら、子供たちはどのような反応を示すでしょうか。
『対馬丸 -さようなら沖繩-』は、映画を見ている現代の子供たちと同じ年頃の子供たちまでもが、理不尽な恐怖と死に追い詰められる……そんな戦争の事実と教訓を教えてくれる作品です。このような作品は語り継がなければいけないものだと、筆者は確信しています。
(早川清一朗)