『ワイルドアームズ 2nd』 ハンパない「特撮パロディネタ」からあふれる熱さ
過剰なパロディには困惑させられたが?

とはいえ、あまりにも過剰なパロディネタは、モニタ前のユーザーを困惑させる原因にもなります。パロディは出自が分かって面白いのであって、元ネタを知らないと最初から最後まで面白さが1ミリも伝わってこないからです。
例えるなら、参加する気のなかった飲み会で、全く興味のない話を延々と聞かされるようなもの。ゆえに、『ワイルドアームズ 2nd』の発売当初はゲーム内容に意義を唱える声も挙がりました。
そして筆者も同様、初回プレイ時はパロディネタの多さに戸惑い、気持ちが徐々にフェードアウトしていったのです。
ところが本作と筆者の縁はここで切れたわけではありません。数年後、ゲームとは全く関係のない理由で60年代~80年代の特撮モノに心を奪われていた時、ふとしたキッカケで『ワイルドアームズ 2nd』の存在を思い出します。幸いソフトとハードが残っていたため、再び足を踏み入れるのは簡単でした。
すると……どうしたことでしょう。何となく遊んでいた頃とは気持ちの高まり具合が全く違うではありませんか! 「暗殺ロボット怪獣アームズキラー」や「用心棒怪獣コバルトキング」といった名前を見るやいなや、脳裏に銀色の巨人がチラチラと食い気味に顔をのぞかせます。
「たかが元ネタを知ったぐらいで劇的にゲームの面白さって変わるの?」と思われるかもしれません。確かに、パロディネタがひとつふたつ分かっただけでは、作品に込められた制作者のセンスや熱意を理解するのは難しいでしょう。
しかし、数十~百近くに達する元ネタの全てが「面白い!」と思えるなら話は別。事実、特撮作品に関する知識をインプットした後のプレイでは、秘められた製作者の想いが響き渡り、”何も知らないでプレイした時”と比較にならないほど、楽しさと感動がこみ上げてきました。勢いそのままにエンディングを見終わった後、1回目と2回目以降では面白さが体感で1000%変わっていた、と記憶しています。
2003年に『ワイルドアームズ』がプレイステーション2でリメイクされました。いつの日か『ワイルドアームズ 2nd』も装いを新たに制作してもらいたいものです。
(龍田優貴)



