不評だったアニメ版「ウルトラマン」は「円谷プロ」を救っていた? ファンの声で歴史は思わぬ方向へ
アニメ『ザ☆ウルトラマン』は、顧みられることが少ない作品です。しかし、この作品がなかったら「ウルトラマン」シリーズは終了していたかもしれないのです。
「不評」が思わぬ方向に発展して…?

1979年4月に、『ザ☆ウルトラマン』という新番組が放送開始しました。今も続く「ウルトラマン」シリーズのなかで、この『ザ☆ウルトラマン』はきわめて特殊な作品だったと言えるでしょう。というのも、本作は「実写」ではなく「アニメ」だったのですから。
1970年代におけるウルトラシリーズは、1971年に『帰ってきたウルトラマン』、1972年に『ウルトラマンA』、1973年に『ウルトラマンタロウ』、そして1974年に『ウルトラマンレオ』と制作されてきた流れがありました。
しかし『レオ』の最終回をもって、テレビシリーズは一度、休止期間に入ります。5年もの空白を経て、新たに制作、放送されたのが『ザ☆ウルトラマン』だったというわけです。
アニメの制作は日本サンライズ(現・サンライズ)が担当しており、アニメ自体は高クオリティです。本作のウルトラ戦士である「ウルトラマンジョーニアス」もスラリとしたデザインで、実写作品のような物理的制限がないため、今で見たことないアクションを見せてくれます。
怪獣のデザインだってそうです。アニメであるというメリットを活かし、複雑かつダイナミックなものが多いです。ストーリーもまた、全50話のなかで神話的な要素が結びつく、平成以降のシリーズにもつながる世界観がこの時すでに構築されていました。
では、この『ザ☆ウルトラマン』が大人気だったかといえば、当時の評価は想像に難くありません。とはいえ、これは無理からぬことです。
「実写ではない」。その一点のみにおいて、5年もの空白期間を経たファンからすれば、物足りなかったことでしょう。
その結果、どうなったのでしょうか。円谷プロ、6代社長の円谷英明氏が自著『ウルトラマンが泣いている――円谷プロの失敗』で次のように記しています。
“ファンの間で賛否両論が盛り上がり、それは実写版ウルトラマンの新作を見たいという声に発展しました”
そうした声が大きな後押しとなって、1980年の『ウルトラマン80』制作が決定したというのです。ある意味において、ファンからの「不評」そのものが、実写「ウルトラマン」を復活させたといっても過言ではありません。
はてさて、実写ウルトラマンとして見事復活を果たした『ウルトラマン80』でしたが、その放送終了後は実に16年もの間、国内での新作レギュラー放送が途絶えます。これは、また別のお話です。
仮にこの『ザ☆ウルトラマン』が大人気を獲得していた場合、それ以降のウルトラマンもきっとアニメで制作されていたかもしれません。実写のウルトラマンの価値をファンに再認識させたという点においても、『ザ☆ウルトラマン』は歴史上、非常に重要な作品なのです。
(片野)

