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あんぱん『詩とメルヘン』はマジで「贅沢な雑誌」だった やなせたかしが「考えられない」ほどのお金を使えた理由は

『あんぱん』24週では、雑誌『詩とメルヘン』が誕生しました。

専門家は「三号でつぶれる」予想だったが

柳井嵩役の北村匠海さん(2020年11月、時事通信フォト)
柳井嵩役の北村匠海さん(2020年11月、時事通信フォト)

『アンパンマン』の作者、やなせたかしさんと妻の暢さんの人生をモデルにした2025年前期の連続TV小説『あんぱん』第24週の118話では、時代が1973年まで飛び、「柳井嵩(演:北村匠海)」が『詩とメルヘン』という雑誌の編集長になっていることが話題になりました。この雑誌を出版しているのは、嵩の恩人「八木信之介(演:妻夫木聡)」の会社「キューリオ(九州コットンセンターから社名変更)」です。

 モデルのやなせさんも、1973年4月に自身が責任編集を務める詩と絵の雑誌『詩とメルヘン』創刊号(定価300円)を作り、処女詩集『愛する歌』(1966年)を出したサンリオ(旧名:山梨シルクセンター)から発行しました。編集もレイアウトも表紙の絵も、やなせさんひとりで担当できたのは、高知新聞勤務時代に雑誌「月刊高知」でさまざまな仕事を担当していたからだといいます。

『あんぱん』では、キューリオの社員で戦時中は嵩の上官だった「粕谷将暉(演:田中俊介)」が、「こんな贅沢な投稿雑誌は見たことないぞ」と語っていました。実際、『詩とメルヘン』はかなりお金がかかった雑誌で、やなせさんは自伝『アンパンマンの遺書』(岩波書店)で

「中とじにして、四色頁も少なかった。粗末な本だが、なるべくいい紙で、見開き頁にどかんと一篇の詩を組んで、余白を充分にとった。今までの詩の本では考えられない贅沢である。ましてそこに組まれている詩はまったくの無名の人のものだ」

 と、語っています。

 また、『詩とメルヘン』は読者から届いた詩やメルヘン(幻想的な短編小説)に、林静一さん、杉浦範茂さん、司修さんなど著名なプロの画家やイラストレーターが絵を付けてくれる雑誌で、広告は一切載せない仕様でした。さらに、創刊号ではまだ読者からの投稿もなかったため、やなせさんがさまざまな同人誌や自費出版の詩集から詩を選び、作者に掲載料として一篇につき3000円を払っています。

 そういった贅沢な雑誌の作り方ができたのは、八木のモデルであるサンリオの創業者、辻信太郎さん(実際はやなせさんの8歳年下)が、やなせさんの雑誌を出したいという提案を詳細を聞かずに快諾し、120万円までなら資金を出すと言ってくれたからでした。もともと文学青年の辻さんは、詩と童話も大好きだったため、このような太っ腹な対応をしてくれたのでしょう。

 やなせさんは別の自伝『人生なんて夢だけど』(フレーベル館)で、「(300円の『詩とメルヘン』が)一万部売れれば三百万円半分を経費とすれば収支トントンになるかな」というどんぶり勘定をして、創刊号の初版部数を1万5000部にしたことや、ある専門家に診断してもらったところ「一年続けば大成功。まず創刊号だけで終わりと見る。三号ぐらいでつぶれるのは百パーセント確実」と言われたことなどを振り返っています。

 また、やなせさんは『詩とメルヘン』創刊号の編集前記で、雑誌について「非常に個人的な偏見と趣味に偏見してつくられています」「商業主義に毒されたくはありませんが、全く売れなければ、一号だけでつぶれます。一万部売れればトントンで次号が出せます」と正直に語っていました。この前記は大活字で表紙裏に掲載されており、宣伝費にお金がかけられない分、書店で雑誌を開いたときに目立つようにする狙いもあったそうです。

 専門家だけでなく、やなせさんや辻さんも売れるとは思っていなかった『詩とメルヘン』でしたが、結果としては初版がすぐに完売、増刷しては売り切れて五刷りまでいくベストセラーになります。その後、とんとん拍子で発売された『詩とメルヘン』3号の前記で、やなせさんは「絶対すぐつぶれるという予想を大幅に裏切って申し訳ありません」と、前述の専門家への皮肉の文を載せました。

 当初は無償でやるといったため、辻さんからの報酬は1万円だけでしたが、やなせさんは念願の雑誌の誕生が本当にうれしかったといいます。そして、辻さんの提案で『詩とメルヘン』は月刊化され、2003年8月の休刊まで30年続きました。やなせさんは編集長の報酬として20万円を貰うようになりましたが、レイアウト担当は倍額を貰っていたそうです。

 やなせさんは『人生なんて夢だけど』で、「『詩とメルヘン』が創刊されたことでサンリオ社にひとつの核ができて、優秀な人材が入社試験に応募してくるようになりました。大金を投じてつくった豪華なパンフよりも効果があったと確信しています」と述べていました。

 やなせさんにとっても、サンリオにとっても重要な『詩とメルヘン』の快進撃は、『あんぱん』でどのように描かれるのでしょうか。

(マグミクス編集部)

【画像】え…っ? 「絵うますぎ」「こりゃ買いたくなる」 こちらが「責任編集」やなせたかしさんが自分で描いた『詩とメルヘン』創刊号(1973年)の表紙です

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