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毎年新作があるのは当たり前? 第1作『のび太の恐竜』が作った日本アニメ映画の礎

『のび太の恐竜』公開初日、藤子先生が見たものは…

『映画ドラえもん のび太の新恐竜』 (C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020
『映画ドラえもん のび太の新恐竜』 (C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020

 1979年11月に正式に映画『のび太の恐竜』の制作が発表され、翌月に「月刊コロコロコミック」1月号から3か月連続で、大幅に加筆された長編版「のび太の恐竜」が掲載されました。後に毎年恒例の映画「ドラえもん」シリーズの原作となる大長編シリーズの始まりです。

 そして1980年3月15日、映画『のび太の恐竜』は公開の日を迎えます。併映はリバイバル上映の『モスラ対ゴジラ』。恐竜から連想しての組み合わせでしょうか、もしくはゴジラ映画と短編アニメを集めて上映していた東宝チャンピオンまつりの流れを汲んでのものかもしれません。

 長編版「のび太の恐竜」のアシスタントを担当したえびはら武司氏は、自作のなかで、藤子・F・不二雄先生は映画がヒットするかどうか誰よりも気にしていた、と記しています。

 公開当日、朝一番の上映回に間に合うように泊まりつけの京王プラザホテルから映画館へとおもむいた藤子・F・不二雄先生の瞳に映ったのは、『のび太の恐竜』のために館前に並んだ観客の列でした。それを見て安堵した藤子・F・不二雄先生は、そのままチケットを買って映画を鑑賞しながら、次回作の構想を練っていたそうです。

 結果、映画『のび太の恐竜』は観客動員数およそ320万人の大ヒット作となり、翌年から映画「ドラえもん」は『怪物くん』ほか藤子不二雄(当時)原作の新作アニメを同時上映とした「毎年恒例のシリーズ映画」となったのです。
 
 いまでこそ「クレヨンしんちゃん」「名探偵コナン」「ポケットモンスター」「ONE PIECE」など数多くの劇場アニメシリーズの新作が毎年、あるいは数年おきに公開され、邦画の興行成績に多大な貢献をしていますが、こうした「毎年恒例の劇場長編アニメシリーズ」の礎には『のび太の恐竜』の成功があると考えてよいでしょう。

「映画」であることに対する藤子・F・不二雄先生の熱意は、現在の日本アニメーション映画の興隆に強い影響を与えているのです。

(倉田雅弘)

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