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毎年新作があるのは当たり前? 第1作『のび太の恐竜』が作った日本アニメ映画の礎

待望の映画『ドラえもん のび太の新恐竜』公開を控え、心を躍らせているドラえもんファンの方々も多いと思います。2005年を除き、毎年の恒例行事にさえなっていた映画「ドラえもん」シリーズ。その誕生には、藤子・F・不二雄先生の映画に対する深いこだわりが込められ、その後の日本のアニメ映画にも大きな影響を与えていました。

見送られた『ドラえもん』幻の映画化企画

2020年8月7日(金)公開予定『映画ドラえもん のび太の新恐竜』 (C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020
2020年8月7日(金)公開予定『映画ドラえもん のび太の新恐竜』 (C)藤子プロ・小学館・テレビ朝日・シンエイ・ADK 2020

「ドラえもんが映画になる」

 ある日、自宅での食事中に藤子・F・不二雄先生がご家族に向かって告げました。仕事とプライベートをきっちりとわけていた藤子・F・不二雄先生のこの発言を、ご家族は自分のことのように喜んだそうです。
 
 記念すべき劇場版『ドラえもん』の第1作『ドラえもん のび太の恐竜(以下、のび太の恐竜)』が公開されたのは、1980年3月15日。前年4月に始まったテレビアニメシリーズの好評を受けての映画化でした。

 実は『のび太の恐竜』以前にも『ドラえもん』映画化の打診はあったものの、藤子・F・不二雄先生の意向で実現しなかったのです。その映画化の企画とは、「東映まんがまつり」でした。1970年代末「東映まんがまつり」では、子供向けの中編アニメや放送済みのテレビアニメを数本まとめて上映しており、それらのなかの1本として『ドラえもん』のテレビアニメ版を使いたいというものだったのです。

 毎週のように劇場用新作アニメが公開される昨今では実感できないかもしれませんが、当時、長編の新作劇場用アニメは一般的ではありませんでした。60年代後半から70年代にかけてテレビアニメが興隆し、最大手の東映動画(現:東映アニメーション)をはじめ制作スタジオは人員をそちらに注力するようになっていたのです。「宇宙戦艦ヤマト」シリーズや『銀河鉄道999』、「ルパン三世」シリーズなど、徐々に形成されつつあったアニメファン向けの作品はありましたが、児童から大人まで楽しめるようなファミリー向けの長編劇場アニメは特に希少な存在だったのです。

 そんななか藤子・F・不二雄先生は、「東映まんがまつり」の企画を断りました。連載開始からコミックス発売までの数年間、人気が低迷しても描き続けてきた『ドラえもん』。また映画といえば、学生時代に手製の幻灯機でマンガを映し出し、日本での公開前に『スター・ウォーズ』のパロディをふんだんに自作に登場させ、後にアシスタントの勉強のためと自らのレーザディスクのコレクションを貸し出すほど、思い入れの深い媒体でした。

 それらへのこだわりが、『ドラえもん』の劇場版を数本まとめて再上映されるテレビアニメの1本として済ませたくなかったのかもしれません。

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