なぜ「勇者ヒンメルならそうした」が語られ続けるのか 『フリーレン』魔族との死闘で繋がる“意思”の形
『葬送のフリーレン』にて、フリーレンが繰り広げる魔族たちとの戦いには、激しさの裏に今は亡きヒンメルやかつての仲間たちたちが彼女に託した想いが散りばめられています。第1期で描かれた魔族との戦闘を振り返りながら、そこに秘められたヒンメルたちとの心温まる、そして時に切ないエピソードを紐解いていきます。
大きな戦いの裏には、必ず勇者ヒンメルの言葉があった

『葬送のフリーレン』第1期は、かつて世界を救った勇者「ヒンメル」の死という、物語の結末のようなエピソードから始まりました。彼の死後も、エルフの魔法使い「フリーレン」は旅を続け、「フェルン」や「シュタルク」といった仲間と出会います。その旅路で、彼女たちは魔族との激しい戦闘を繰り広げます。その死闘から垣間見える、仲間たちとのエピソードを、第2期がスタートした今振り返ろうと思います。
●「腐敗の賢老クヴァール」村人とフリーレンをつなぎとめたヒンメルの言葉
旅の序盤、フリーレンと弟子のフェルンが対峙したのは、かつて魔王軍屈指の魔法使いと恐れられた「腐敗の賢老クヴァール」でした。彼は80年前、防御不能の殺人魔法「ゾルトラーク」を開発し、多くの冒険者を葬り去った絶望の象徴でした。
ヒンメルたち勇者パーティーはこの強敵を倒しきれず、「封印」という手段を選びます。そして80年後、弟子のフェルンを連れたフリーレンは封印が解ける頃に近くの村を訪れ、クヴァールの討伐に臨みます。そして、魔法技術の進化によってかつての脅威である敵の魔法を解析し、クヴァールを倒すこととなりました。
フリーレンはこの長い年月、クヴァールの封印について誰かに触れることはありませんでした。しかし、ヒンメルは冒険を終えて年老いてからもずっと、村を訪れて封印の様子を確認していたのです。音沙汰なしで村に顔も出さない、なんなら自分にすら会いにこないフリーレンを「つめたいよね」とヒンメルは愚痴ります。
一方で、「村を見捨てるほど薄情ではない」と彼女のことを信じる彼の言葉を、村人もまた信じていました。亡くなった後も、ヒンメルはフリーレンと人びととの絆を守り続けていたのです。
●「断頭台のアウラと配下たち」受け継がれていくヒンメルたちの優しさと覚悟
第1期のクライマックスともいえる戦いが、大魔族「七崩賢(しちほうけん)」のひとり、「断頭台のアウラ」率いる軍勢との対決でした。その前哨戦で、アウラの配下である「リュグナー」と「リーニエ」に挑んだのは、フェルンとシュタルクです。
リーニエと対峙したシュタルクは、「模倣する魔法(エアファーゼン)」で彼女が使う師匠「アイゼン」の技に翻弄されます。ボロボロになるなか、彼が思い出すのはアイゼンの「戦士ってのは最後まで立っていた奴が勝つんだ」という言葉でした。
およそ人間とは思えない頑強さを持つアイゼンらしい教えですが、一方で彼は第1期や第2期の回想でも、自身の臆病さに触れています。そして、その弱さがあったからこそ自分はここまで来れたとも語ります。怯えながらも前に進み、仲間を守り、敵を倒すシュタルクは、まさにアイゼンの弟子であり、彼の想いを受け継ぎリーニエを倒すのでした。
そして、アウラは、「服従させる魔法(アゼリューゼ)」で従えた首のない人間たちで構成した不死の軍勢でフリーレンを襲います。フリーレンは息絶えた人びとにかけられた魔法を解き、アウラの支配から解放していきます。かつてアウラと対決したとき、フリーレンは効率重視で軍勢を吹き飛ばしましたが、ヒンメルはそんな彼女を叱ります。
そのとき、彼が何をフリーレンに伝えたのかは分かりません。ただきっと、生命を奪われた人びとにも家族がいて、できるだけキレイな姿で返してあげたいと、ヒンメルは考えたのでしょう。現代のフリーレンは、その教えを守り続けているのです。人の気持ちに疎い彼女が扱う魔法には、ヒンメルの優しさが宿っていました。
『葬送のフリーレン』では、さまざまな場面で「勇者ヒンメルならそうした」という言葉を耳にします。今を生き、魔族との戦いに挑むフリーレンや新しい仲間たちのなかには、この勇者の言葉と想いが生き続けているのです。
(サトートモロー)
