長男誕生の朝「フェロン公!生まれますたで」 ばけばけでは観られない「異常な喜びぶり」だった人物 史実だと今後は?
連続テレビ小説『ばけばけ』第22週108話ではトキが妊娠していることが判明するようです。
やっぱり貧血じゃなかった

放送中のNHK連続テレビ小説『ばけばけ』第22週では、主人公「松野トキ(演:高石あかり)」が異様なまでの眠気に襲われる場面が描かれ、107話では急に倒れるシーンもありました。トキを診た医者「薮井(演:DAIGO)」は「ただの貧血」と言っていましたが、続く108話のあらすじを見ると、トキがちゃんと病院に行き「診察の結果、新たな命を授かったことを知る」と書かれています。
多くの視聴者が指摘していた通り、トキの眠気は妊娠の初期症状のひとつだったようです。またOPクレジットを見ると、106話の段階で「助産指導」のスタッフの名前が確認できました。
いよいよ、トキと夫「レフカダ・ヘブン(演:トミー・バストウ)」に子供が産まれます。ヘブンはフィリピンに移住して滞在記を書くことを考えていますが、子供ができれば話は変わってくるでしょう。
モデルの小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とセツ夫妻は、1893年11月17日に長男・一雄(かずお)を授かりました。名前の由来は、父のファーストネームの一部です。一雄は成長して父と同じ物書きの道に進み、八雲研究の貴重な資料となる著書も残しています。
43歳にして初めて子供ができたハーンは、そんな一雄を溺愛したそうです。もともと日本への帰化を考えていたというハーンは、一雄やセツに遺産を残せるよう、具体的に諸々の手続きを進めていきます。そして、1896年2月、小泉家に加わる形でセツと正式に籍を入れ、日本人「小泉八雲」となりました。
また、そのほかの家族も一雄の誕生を喜んだなかで、特に異常な歓喜の様子が記録されている人物がいます。それは、「松野勘右衛門(演:小日向文世)」のモデルに当たる、セツの養祖父・稲垣万右衛門です。
『ばけばけ』の勘右衛門は、「上野タツ(演:朝加真由美)」と夫婦になって松江に残っていますが、史実では万右衛門はセツたちと一緒に熊本へ移住していました。ハーンの著作にも、いくつか彼の名前が出てきます。
万右衛門は、勘右衛門と同じく明治になっても武士としての生き方を貫いた頑固な人物だったといいますが、さすがにハーンを「ペリー」と呼んではおらず、出雲訛りで「フェロン公」と呼称していたそうです。一雄は著書『父「八雲」を憶う』のなかで、そんな万右衛門について
「私が生まれた払暁(ふつぎょう、夜明けの意)、早速父の書斎に『フェロン公! 天晴れだッ! 生れますたで、生れますたで。これが、これが……』と嬉涙を流しながら、腕捲りをして拳を妙な格好に振り立て振り立て、(言葉の通じない)父に男児出生の事実を知らしめようとした奇抜な曾祖父(ひいおじい)様です」
と語っていました。たしかに、かなり奇抜な喜び方です。
また『父「八雲」を憶う』では、万右衛門について、熊本で住んだ家の一番広い座敷を平気で自分の部屋に使おうとしたり、汽車に乗り遅れた際に「偉い先生」としてハーンの名前を出して「あの汽車を停めてゴシエ」と駅員にお願いしたりするなど、横柄ながら天然な一面のある人物だったことが書かれています。彼のあくびは「倦怠期分の漲った一種の哀音」で、家中に響き渡ったそうです。
そんな万右衛門は1894年10月にハーンやセツ、養父母たちが神戸に移住するなか、ひとりだけ故郷の松江に戻り、1898年1月に78歳で亡くなりました。彼は松江藩士時代に、藩主の「御子様方御番方」という役職を務めていたほどの子供好きで、1896年の夏にセツたちが松江に帰省した際は、一雄と毎日一緒に遊び、いろんなものを買い与えてくれたそうです。
また、万右衛門は『古事記』に載る日本最古の和歌「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」をもとに、ハーンの和名「八雲」を考えた人物でもあります。
『ばけばけ』では、トキの出産後の勘右衛門の「大喜び」は見られませんが、史実通りにいけば、今後はひ孫を溺愛したりヘブンの日本名を提案したりと、彼の活躍がたくさん描かれそうです。
※高石あかりの「高」は「はしごだか」
参考書籍:『八雲の妻 小泉セツの生涯』(潮出版社)、『父「八雲」を憶う』(千歳出版)
(マグミクス編集部)


