ロリコンブームの火付け役?『ルパン カリ城』クラリス人気の熱狂ぶり…宮崎駿監督「僕には無関係のこと」
「ロリコン」人気に対する宮崎駿監督の反応は……?

この特集を契機に、それまでマイナーだったロリコン同人誌が一気に数を増やしていきます。81年12月にはロリコンマンガ専門誌『レモンピープル』が創刊。雪崩を打ったように美少女を題材にしたコミック、同人誌、写真集などが大量に刊行されていきました。こうして80年代前半に怒涛のような「ロリコン」ブームが到来します。
並行してクラリスの人気も盛り上がっており、アニメ雑誌『アニメージュ』が主催する「アニメグランプリ」の「歴代ベストワンキャラクター部門」で83年、84年と続けて女性キャラクター1位を獲得しました。マンガ専門誌『ふゅーじょんぷろだくと』81年10月号のロリコン特集でもクラリスは取り上げられています。紹介文の書き出しは「いまやロリコンの代名詞」というものでした。当時は「クラリス・コンプレックス」「クラリス・シンドローム」という言葉もあったそうです。
クラリスの存在と前出の『アニメック』のロリコン特集が契機となり、それまでのアンダーグラウンドだった「ロリコン」と70年代後半からのアニメブーム(そのなかには美少女キャラクターを愛好するファンがすでに存在していた)が統合され、さらにコミックマーケットの膨張が重なって、「ロリコン」ブームにつながっていったと考えられます。
さて、このような世の中を当の宮崎駿監督はどう見ていたのでしょうか。『アニメージュ』82年6月号にはクラリス人気に関する宮崎監督のコメントが掲載されていました。
「クラリスに、“ロリコン”人気が集中しているということですが、ぼくには無関係のことだと思います。ただ、いまの若い人はロリコンを“あこがれ”の意味で使っているでしょう。思春期にはダレにも体験があることです。ぼくの場合も『白蛇伝』の白娘にあこがれた時期がありました。(中略)ぼくらはあこがれを“遊び”にはしなかったし、また、大っぴらに口にすることは恥ずかしかった。“恥じらい”があったんですよね。それがあったほうがいいかどうかは別問題ですけど、とにかくいまのぼくは“ロリコン”を口で言う男はきらいですね」
ここで宮崎監督が言う“あこがれ”とは、今でいうところの“萌え”に似た感情だったのかもしれません。また、そういう感情があったとしても、大っぴらに口にするものではない、とも語っています。ちなみに宮崎監督自身はクラリスのようなおしとやかな少女より、峰不二子のように素っ裸になっても機関銃を撃ちまくるようなさばけた女性が魅力を感じるのだそうです。
84年3月10日深夜に放送された『オールナイトニッポンスペシャル 風の谷のナウシカ』に出演した際は、「ひょっとしたら宮崎さんはロリコンなんじゃないでしょうか?」というリスナーからの質問に対して「ロリコンではありません」と断言。場内の笑いを誘っていました。
(大山くまお)



