『ガンダム』シャアはどんな嘘をついてきた? 虚構にまみれたその人生を振り返る
総帥としてのシャアは嘘まみれ

『機動戦士Zガンダム』に登場したシャアは、「クワトロ・バジーナ」と新たな偽名を使用していますが、ジオン残党が集う小惑星基地「アクシズ」に帰還しなかった大きな裏切りを除けば、自身がキャスバルであることを明かすなど、むしろシャアにとってはもっとも正直に生きられた時代だったのではないでしょうか。
しかし劇場版『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で「ネオ・ジオン」の総帥となったシャアは、全てを嘘で塗り固めた人物へと変貌……いや、そうせざるを得ない立場だったと思えます。最たるものは、見せかけの和平交渉でのアクシズの入手でしょうか。腹心で情人でもある「ナナイ」の「私は大佐に従うだけです。愛してくださっているのなら」という言葉に対し返した、「いてくれなければ困る、ナナイ」「君のような支えがいる」という、一見、愛のささやきに思えなくもない「単に必要だから」という意味の言葉の羅列も聞かれました。
そしてニュータイプの少女「クェス」の「あたしは大佐を愛してるんですよ」という言葉に対する「わかった。私はララァとナナイを忘れる」という、何があっても絶対にありえない返答は、シャアが言葉を軽く扱っているシーンの筆頭ともいえるでしょう。もっともこの後のシーンからシャアはクェスをかなり雑に扱うようになっており、疎(うと)んじていたのは間違いありません。
シャアの言葉の軽さは周囲にも見破られており、配下の「ギュネイ」に対し「私がクェスに手を出すとどうして考えるのだ?」「私はネオ・ジオンの再建と打倒アムロ以外、興味はない。ナナイは私に優しいしな」と言葉をかけた直後、シャアがいなくなったのを見計らったギュネイは「嘘かまことかすぐにわかるさ」と呟いており、強化人間としての超感覚を持つとはいえ、若く人間関係の経験が浅いにも関わらずシャアの言葉を信用できないものとして受け取っています。
このように嘘ばかりついてきたシャアですが、ときおり心の内を覗かせるような言葉を吐くことがあります。ガルマの葬儀の際に吐き出した「坊やだからさ」が有名でしょう。筆者個人としては『機動戦士Zガンダム』で、幼いザビ家の忘れ形見「ミネバ」が操り人形にされたときに放った「よくもミネバをこうも育ててくれた!」という怒りの台詞、そして劇場版『Z』で自分のぶんのケーキがあるか心配する「私のぶんは?」という台詞は、彼もまたひとりの人間であることを示す重要なものではないかと思えるのです。
(早川清一朗)



