『鬼滅』なぜ日の呼吸は「消えた」のか 「火(ひ)の呼吸」と呼んではいけない理由
「呼吸」の誕生と縁壱の「追放」

実は、縁壱が鬼狩りになった際、「炎・風・水・雷・岩」の剣技を使う「柱」たちはすでに存在していました。妻と子供を鬼に殺された縁壱のもとに来た剣士は、原作マンガでは煉獄家の祖先であると思われるシルエットで描かれています。
鬼狩りに加わった縁壱が「呼吸」を教えたところ、柱たちの力は飛躍的に向上し、「凄まじい勢いで鬼を倒せるように」なったのです。この時点で、「〇〇の呼吸」という呼び名が誕生したと考えられ、「炎の剣技」を使う剣士の呼吸は「ほのおのこきゅう」と呼ばれ、「始まりの呼吸」も「日の呼吸」と呼ばれるようになったのでしょう。
縁壱の兄の巌勝も鬼狩りに加わり、ともに鬼と戦っていましたが、ある日、彼は無惨にひざまずき、鬼になる道を選んでしまいます。時を同じくして、縁壱は無惨をあと一歩というところまで追い詰めるも取り逃がしてしまったうえ、連れの女を逃がしてやったのです。これらのことの責任を取るかたちで縁壱は鬼狩りを追放されます。
実は、『鬼滅の刃』の単行本第21巻に収録されている「戦国コソコソ話(2)」には、ストーリーには盛り込まれなかった詳細な設定が書かれています。それによると巌勝は、「当時のお館様を殺し、その首を持って無惨の元に行った」とあるのです。巌勝がしたことへの憎悪が縁壱に向けられ、鬼狩りたちの間で「ひのこきゅう」という言葉がタブー視されるようになったとしても不思議ではありません。
さらに縁壱の死後、活動を再開した無惨によって、縁壱が日の呼吸を教えた剣士が皆殺しにされたという設定も書かれており、「日の呼吸」の継承が断たれたと考えられます。「炎の呼吸」を「ひのこきゅう」と決して呼んではいけないという言葉の裏には、「ひのこきゅう」から連想される「お館様殺し」の歴史の封印と、無惨から炎の呼吸を使う隊士を守るというふたつの意味があったのではないでしょうか。
「無限城編」では、この「戦国コソコソ話」の設定がどこまで本編に盛り込まれるかも見どころです。
※煉獄の「煉」は「火+東」が正しい表記
(山田晃子)

