『ベルばら』マリーの愛人は裸のまま排水溝に捨てられた? キャラのモデルの悲惨な運命
オスカルの父は実在の人物だった

●マリー・アントワネットの寵臣「ポリニャック夫人」
ポリニャック夫人は、当時、最高の美女のひとりと言われた女性です。マリー・アントワネットも彼女の美貌に目を奪われて声をかけ、借金の肩代わりをしたり、経済的に面倒をみたりするようになりました。そして彼女の一族にまで、地位や財産を与えるようになったため、貴族たちの不平不満はポリニャック夫人だけでなく王妃にも向けられたのです。そのようなことが10年以上もの間、続きました。
ふたりの仲が再び親密になったのは、革命勃発後です。民衆は王妃の浪費に加担したポリニャック夫人を処刑しようとしましたが、それでも彼女はマリー・アントワネットの側にとどまろうとしました。王妃の説得でベルサイユを離れる際には、当面の生活費とともに「さようなら、たいせつなお友達」と書かれた手紙を受け取っています。彼女の存在がいかに王妃にとって大切なものであったかが分かるでしょう。
逃亡中、病におかされたポリニャック夫人でしたが、王妃たちの逃亡計画に協力したこともあり、最後までマリー・アントワネットのことを慕っていたと思われます。マリー・アントワネットが処刑された2か月後、彼女は44歳で亡くなりました。
●オスカルの父「フランソワ・オーギュスタン・レニエ・ド・ジャルジェ」
「男装の麗人」である「オスカル」は架空の人物ですが、彼女の父親であるジャルジェ将軍は実存の人物です。原作マンガでは由緒ある名門貴族として描かれていますが、実際には将軍でもなければ大貴族でもありませんでした。一方、献身的な王党派であったことは史実どおりで、王や王妃からの信頼も厚かったようです。ちなみに彼は最初の妻を亡くした後、マリー・アントワネットの侍女のひとりと再婚しています。
処刑の直前まで、マリー・アントワネットの逃亡計画に奔走しましたが、計画はことごとく失敗に終わりました。その後、王政復古の際には中将の階級を与えられています。直腸がんで1822年、76歳で亡くなりました。
●ジャーナリスト兼義賊「黒い騎士」の「ベルナール・シャトレ」
原作マンガでのベルナールは、正義感あふれるジャーナリストの顔と貴族から盗みを働く義賊「黒い騎士」のふたつの顔を持つ人物でした。
彼のモデルは、革命派のジャーナリストで、のちに政治家となったルシー・シンプリス・カミーユ・ブノワ・デムーランです。彼は1789年7月、パレ・ロワイヤルのカフェで、「諸君、武器を取れ!」と演説し、パリ市民の決起をうながしたことで有名になりました。
しかし、ロベスピエールらによる恐怖政治を批判したことで、反革命的な危険人物として逮捕され、処刑されてしまったのです。さらに、その8日後には、彼の妻までが、彼を助けるために刑務所での暴動を企てたとして処刑されました。親の反対を押し切って、やっと結婚したデムーラン夫婦は、革命に翻弄され、悲しい最期を迎えたのです。
(山田晃子)

