なぜ門外不出に? 手塚治虫の名作『ブラック・ジャック』封印されし伝説回
2作品が「門外不出」となったワケとは?

3つ目は、第58話「快楽の座」(同1975年1月20日号掲載)です。ブラック・ジャックは「スチモシーバー(脳埋込チップ)」を使った動物実験を見学していました。スチモシーバーを脳に埋め込まれた動物たちは博士の命令通りに動きます。博士はこの装置を使って人間からネガティブな感情を消し去ろうと考えていました。ブラック・ジャックは警告しますが、金持ちの夫人に依頼された博士は、うつ病の息子の脳にスチモシーバーを埋め込む手術を行います。
息子は笑うようになりましたが、笑ったまま博士を刺して病院から逃亡し、自宅で母親を殺害しようとします。ブラック・ジャックは麻酔で息子を眠らせると、スチモシーバーを除去する手術を行いました。息子は元に戻り、ブラック・ジャックは「こんごぜったいに勉強をおしつけない」「すきなしゅみをさせる」などの処方箋を母親に渡すと、処方箋料として3千万円を請求して不敵な笑みを浮かべるのでした。
「植物人間」は少年チャンピオンコミックスの初期には掲載されていましたが、その後は別のエピソードにさしかえられ、一度も単行本に収録されていません。「快楽の座」はこれまで一度も単行本に収録されることはありませんでした。では、なぜ「植物人間」と「快楽の座」は「幻の回」になったのでしょうか。
『ブラック・ジャック』では、第153話「ある映画監督の記録」(同1977年1月1日号掲載)で、脳性マヒの少年を「ロボトミー手術(前頭葉の切除手術)」で治療するエピソードが描かれています。しかし、この回は障がい者団体や支援者グループから「ロボトミーを美化している」と批判され、手塚先生も非を認めて謝罪しました。
ロボトミー手術は、かつて精神疾患の治療に用いられていましたが、合併症や人格変化などの弊害が多く、1975年5月に日本精神神経学会が精神外科を否定する決議を可決して、ロボトミー手術の廃止を宣言しました。「植物人間」が収録された単行本4巻の発売から約2か月後のことです。
「ある映画監督の記録」で描かれた治療は正確にはロボトミー手術ではありませんでしたが、「ロボトミー」という言葉が使われていました。「植物人間」では「頭蓋骨切開」に「ロボトミー」とふりがなが振られていますが、これも手塚先生の誤用です。
「ある映画監督の記録」は、脳性まひの治療を「デルマトミオージス(皮膚筋炎)」の治療に差し替え、「フィルムは二つあった」と改題して単行本に収録されました。しかし、「植物人間」と「快楽の座」は精神外科手術そのものがテーマであり、差し替えが難しいことから単行本収録を見送ったと考えられています。
『封印作品の謎』(著:安藤健二/大和書房)に掲載された手塚プロダクション松谷孝征社長へのインタビューでは、単行本収録の作品は手塚先生自らが選んでおり、本人の「出したくない」という意向をいまでも尊重していると語られていました。「指」「植物人間」「快楽の座」の3話については、手塚プロダクションの意向によって、今後も単行本収録の予定はないとアナウンスされています。
(大山くまお)



