『あんぱん』嵩が作った紙芝居は現地人に「大ウケ」 史実でやなせ先生が描いたのはどんな作品だった?
朝ドラ『あんぱん』では、嵩が中国人に向けた紙芝居を作る任務に就きました。これはやなせたかし先生の史実と同じですが、この紙芝居はあまりうまくいかなかったようです。
なぜ「満場大笑い」されたのか

2025年前期のNHK連続テレビ小説『あんぱん』は第12週に入り、陸軍の伍長になった「柳井嵩(演:北村匠海)」が中国の福建省で、「宣撫班」の一員として現地の人びとに見せる「紙芝居」を制作する任務に就きました。これは現地人に日本軍への協力を促すためのもので、嵩はそれまで題材で使われていた『桃太郎』ではなく、オリジナルの物語を思いつきます。
これは同郷の幼なじみ「田川岩男(演:濱尾ノリタカ)」と、中国人の少年「リン(演:渋谷そらじ)」が仲良く交流していることや、亡き父「清(演:二宮和也)」がかつて中国で新聞記者として働いていたときの手帳に書いてあった「東亜の存立と日支友好は双生の関係である」という言葉がもとになっており、6月16日放送の第56話の最後では、嵩と学友で同じ隊の「辛島健太郎(演:高橋文哉)」が、『双子の島』というタイトルの紙芝居を完成させるところまでが描かれました。
そして現在発表されている57話のあらすじでは、嵩と健太郎がその紙芝居を披露するも、意図していない形で観客に大笑いされてしまうことが明かされています。
嵩のモデルである『アンパンマン』の生みの親、やなせたかし先生が戦時中に中国で紙芝居を作っていたのは、史実の通りです。父親の「東亜の存立と日中親善は双生の関係である」という言葉を参考にしたのも、ほぼ同じでした。やなせ先生が唯一、戦時中の体験について詳細に語った2013年の書籍『ぼくは戦争は大きらい ~やなせたかしの平和への思い~』(小学館)では、もともとは暗号班にいたやなせ先生が、あまりやることがないなかで宣撫班の仕事を手伝ったことが語られています。
このときに作られた紙芝居は、梯久美子さんが書いた評伝『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文藝春秋)によると、ドラマより固いタイトルの『双生譚』という作品だったそうです。その内容を簡単にまとめると、「離れ離れで暮らしていた双子は、どちらかが傷付くともうひとりも痛みを感じていた。ある日ふたりは敵として出会い戦うが、相手を殴ると自分も痛いことに気付き、そこでお互いが兄弟であることを知って仲良くなる」というものでした。
日中関係を双子に例えた心温まる物語に思えますが、これを福州(現在の福建省の省都)の人びとの前で披露すると、大笑いされてしまったそうです。やなせ先生の表現を借りると、「満場大笑い」といえるほどの爆笑でした。どうやらそのときに通訳を頼んだ中国人が独自で訳を付け足していたようで、中国語が分からないやなせ先生は「これにはまいりました」と振り返っています。
また、福建省の人びとは、そもそも中国と日本の戦争を自分ごととしてとらえておらず、「あれは他国の話だ」「上海での話でしょ」などと、戦争していること自体を信じなかったそうです。あまりにも広大な国ゆえの出来事でした。
そういった事情もあり、史実ではあまり効果がなかったと思われる紙芝居ですが、『あんぱん』ではどのような役割を果たすのか、どういった絵で双子の物語を表現していたのか、舞台が「島」であることにどのような意味があるのか、注目が集まります。
参考書籍:『ぼくは戦争は大きらい ~やなせたかしの平和への思い~』(小学館)、『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文藝春秋)
(マグミクス編集部)

