史実ではこれから妻(のぶ)と出会うやなせたかし、新聞社の同僚だった彼女に惚れた「東京での事件」とは
『あんぱん』63話では、のぶと嵩が久しぶりに再会します。モデルとなったやなせたかしさんと、妻の暢さんが出会うのは、のぶたちが再会する1946年1月以降のことです。やなせさんはいつ暢さんを好きになったのでしょうか。
東京旅行でひどい目にあったやなせさんだが

2025年前期のNHK朝の連続テレビ小説『あんぱん』の63話では、夫の「若松次郎(演:中島歩)」を亡くした主人公「のぶ(演:今田美桜)」と、弟「千尋(演:中沢元紀)」の戦死を知った「柳井嵩(演:北村匠海)」が、久しぶりに再会します。ここから、ふたりが夫婦になるまでのエピソードにも、注目が集まります。
ドラマではふたりは幼なじみという設定で、嵩は長年のぶに想いを寄せていますが、モデルとなった『アンパンマン』の作者・やなせたかし(柳瀬嵩)さんとその妻の小松暢(のぶ)さんが出会うのは、1946年5月末にやなせさんが高知新聞社に入社して以降のことでした。やなせさんは、いつ暢さんのことを好きになったのでしょうか。
最初は記者だったやなせさんは、ひと月ほどで編集者として「月刊高知」(1946年7月25日創刊)という雑誌の立ち上げにかかわることになります。編集部員はやなせさんを入れて4人だけで、そのなかに先に入社していた暢さんがいました。暢さんは前夫の小松総一郎さん(享年33歳)と病で死別しており、その後に高知新聞社の婦人記者募集の記事を見て試験を受け合格しています。オフィスでは、暢さんはやなせさんの向かいの席に座っていたそうです。
『あんぱん』で描かれている通り、「ハチキン(土佐弁で、男勝りな女性の意味)」だった暢さんは、速記とカメラ(亡き夫の遺品)の腕を活かしてさまざまな取材を行っていました。やなせさんは活発で芯の強い暢さんを、だんだんと好きになっていったそうです。また、決定的に彼女に惚れてしまう出来事もあったといいます。
1946年7月末、「月刊高知」の編集部員4人は、東京へ取材旅行に行きました。高知県出身の国会議員や作家に会ったり、東京の盛り場を取材したりしていたある日の夜、やなせさんたちは闇市で買ってきた「おでん」を分け合います。この頃のおでんは貴重で、やなせさんほか、編集長の青山茂さん、当時22歳だった若き編集部員の品原淳次郎さんは、ちくわや玉子、つみれなど普段なかなか手に入らないおでん種を夢中で食べました。
しかし、そのおでん種が傷んでいたのか、翌日やなせさんたちは食中毒でひどい下痢になってしまったそうです。ただ、暢さんだけは男性陣に貴重なものを食べさせてあげたいと思い、自分は大根や芋を食べていたため無事でした。
男性社員たちは暢さんに看病され、やなせさんはほかのふたりよりも先に回復します。そして、暢さんとふたりでさまざまな取材の後片付けの作業をしました。
やなせさんは、この体験に関して「ぼくはこの共同作業がうれしかった。この時、ぼくはもう小松記者を好きになっていたのだ」(『アンパンマンの遺書』より)と振り返っています。さらに、「ぼくよりも二人の恢復(回復)がおくれたのは、やはりひとつの運命だったのかもしれない」「おでん中毒事件がなかったら、僕のその後の運命は違ったかもしれない。その時ぼくの心に恋情が芽生えた」(同書より)とも語っていました。そして、高知に戻ってから、ふたりは恋人同士となります(夫婦になったのは上京後の1949年)。
前述の旅行はやなせさんが暢さんをより好きになっただけでなく、戦前は東京でデザイナーをしていた彼が「また東京へ行って絵の仕事がしたい」と思うきっかけにもなったそうです。ちなみに、暢さんは速記の腕を買われて日本社会党の佐竹晴記代議士の秘書となり、1946年の冬に高知新聞社を辞めて、やなせさんよりも先に上京しています。こういった1946年の出来事は『あんぱん』ではどのように描かれるのか、要注目です。
参考書籍:『アンパンマンの遺書』(岩波書店 著:やなせたかし)、『やなせたかしの生涯 アンパンマンとぼく』(文藝春秋 著:梯久美子)、ムック『やなせたかし はじまりの物語: 最愛の妻 暢さんとの歩み』(高知新聞社編集)
(マグミクス編集部)