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やなせたかしの戦争体験が深く関わるアンパンマン 『あんぱん』では描かれてない飢えとは逆の「理不尽」「バカみたい」な出来事とは

『あんぱん』24週では、ついに「アンパンマン誕生」が描かれます。やなせたかしさんは、戦争で飢えただけでなく、意外な体験もしていました。

軍隊の理不尽さを思い知った出来事

柳井嵩役の北村匠海さん(2020年11月、時事通信フォト)
柳井嵩役の北村匠海さん(2020年11月、時事通信フォト)

 2025年前期の連続TV小説『あんぱん』第24週のタイトルが、「あんぱんまん誕生」であることが話題になりました。『アンパンマン』の作者、やなせたかし先生がモデルの「柳井嵩(演:北村匠海)」は、これまでいまとは違う「あんぱんを配るおじさん」(PHP研究所が発行する青年向け雑誌に載せられた最初の姿)を描いていましたが、ついに1973年の絵本『あんぱんまん』(フレーベル館)に始まる「顔があんぱん」のヒーローが誕生するようです。

 また、第23週「ぼくらは無力だけど」115話のラストでは、8月15日の終戦記念日に嵩が戦争で心に傷を負った身近な人びとのことを思い、「みんなの心のトゲを僕は抜いてあげたいんだ。そのために僕らに何ができるんだろう」と考える場面も描かれました。24週で描かれるアンパンマン誕生までのストーリーでも、嵩たちの戦争体験は大きく関わってきそうです。

 自分の身体を飢えている人に差し出すヒーローという発想が、やなせさんが戦時中に中国で経験した「飢餓体験」がもとになっているということは、さまざまな書籍、インタビューなどで語られており、いまや広く知られています。『あんぱん』でも第12週 「逆転しない正義」 で、敵の攻撃で補給路を断たれた嵩ほか兵士たちが地獄の飢えで苦しみ、殻ごとゆで卵をむさぼる姿まで描かれました。ただ、史実はドラマとは少し事情が違い、やなせさんは飢えだけでなく「食べ物を無駄にする体験」もしていたそうです。

 やなせさんのいた陸軍の小倉連隊は、太平洋戦争末期の1945年5月、米軍の上陸に備えて福建省から上海近郊の泗渓鎮に移動します。やなせさんはそこで、朝晩の薄いお粥しか支給されず、飢えのあまり野草やタンポポ、上官が飲んだお茶に残った茶殻まで食べる生活をしました。ただ、軍の食糧が尽きていたというわけではなく、上層部が上海に米軍がやってきて戦いが長引くことを想定し、兵士たちへの配給を少なくしていたのです。

 軍は戦いが3年はかかると考え、大量の食糧を用意していました。しかし、上海での決戦は起きず、日本は敗戦します。その後、やなせさんは1946年1月に帰国するまで、他の兵士たちと泗渓鎮にとどまりました。

 そして、終戦直後、兵たちにまさかの指令が下ります。やなせさんは亡くなった2013年に刊行された書籍『ぼくは戦争は大きらい ~やなせたかしの平和への思い~』(小学館)で、当時のことをこう振り返っていました。

「われわれにとっての大問題は、籠城するために備蓄していた米や食糧をどうするか、ということでした」「大きな食糧倉庫にはまだいっぱい食糧が備蓄されていました」「残っている食料をアメリカ軍や中国軍に取り上げられるのも癪(しゃく)だというので、『全部食べてしまえ』というとんでもない命令が出されました」

 それまでの飢餓状態から急にたくさん食べるのもかなり大変だったようで、やなせさんたちは何日も大量に食事をした後、あたりを走って回ってまた食べるという生活をしました。

 ただ、泗渓鎮は戦後も平和で、中国兵や現地人たちに食糧が略奪されるようなこともなく、その後、余った米などは住民たちとの物々交換にも使われたといいます。砂糖は最後まで残ったそうで、やなせさんは貴重品だった砂糖を日本に持ち帰りました。

 やなせさんはこの出来事に関して、「バカみたいですね。戦争が終わっても、軍隊というところは融通が利かない、というか理不尽なところです」(『ぼくは戦争は大きらい』より引用)と語っています。

 地獄の飢えだけでなく、こういった理不尽な体験をしたこともやなせさんの反戦への思いを強くしたのでしょう。

(マグミクス編集部)

【画像】え…っ? 「めっちゃ美人」「こりゃ、やなせさんもホレるわ」 こちらが妻・暢(のぶ)さんの若き日の姿です

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